エトムントとリュボフ
「そうよ。あたしはリュボフ・ヒューコ。エトムントとあたしは兄と妹なの」
リュボフ姫が「改めて、助けてくれてありがとう」と礼を言う。
エトムントと比べて、背格好は随分と低い。エルフだからか、胸は多少控えめだ。しかし、顔立ちはほぼ鏡のように同じだ。長い髪にウェーブがかかっているところも、キリッとした目元も。
一〇〇人が見たら全員が「美しい」と言うだろうルックスである。もっともエトムントは戦闘中、顔のほとんどをマスクで覆っているが。
「すると、エトムントは王族の出身なんだな?」
「ああ。ずっと隠していてすまない」
「いいんだ。それより、姫は辛そうだな」
目に見えて、リュボフは消耗している。
「大丈夫、姫?」と、フェリシアがリュボに肩を貸す。
「ありがとう」
リュボフも、大人しく従った。ここは王族同士で、支え合ってもらうほうがいいだろう。
「さすがに参っているようね。詳しい話は、お城かルエ・ゾンおじさまの家でやりましょう。早くここから出ないと」
急いでリュボフを帰さないと。回復の泉でもいいかもしれないが、そこでも襲撃を受けそうだ。
「大丈夫なのか? 追っ手が塔の外に出てしまうんじゃ」
「ムリよ。堕天使は塔の外には出られない。ヤツらにとって外気は毒なの。そういう話も、外でしましょう」
とにかく、堕天使は外へ出ていく危険がないという。
「任せろー」
トウコが、二メートルのサモエド犬を呼び出した。
「後ろに乗れ。多分、アタシのユキオが一番早い」
たしかに、この中ではトウコが一番ダメージを負っていない。体力は有り余っているはずだ。
「わかったわ。トウコ、お願いするわね」
フェリシアに手伝ってもらいながら、リュボフはサモエドの背中に乗る。
「頼んだぞ」
「任せろランバート。いくぞユキオー」
俺が声をかけると、トウコはガッツポーズを取った。
抜群のダッシュ力で、サモエドは走っていく。
「俺たちは、トウコを援護する」
「わかった。先に行っていてくれ、兵たちで足止めをしておく」
エトムントが、シンガリを務めてくれるらしい。しかし。
「……サピィ」
「はい。あなたの言いたいことは、わかっています」
「姫のこと、頼めるか?」
「いえ。わたしも残りましょう。皆さんは、リュボフ姫をお願いします。シーデー、エトムントをお送りして」
「はい。サピロス様。ではエトムント殿」
シーデーはバイクモードになり、エトムントを乗せた。
「部下を残して、私は行けない!」
「今一番姫の側にいないといけないのは、あなたです。大丈夫。兵士たちはわたしにおまかせを」
「……お願いする」
「お気をつけて」
エトムントを乗せたシーデーが、猛スピードでトウコたちに追いつく。そのまま、三層の出口まで行けそうだ。
「付き合わせてしまって、すまない」
俺は、堕天使に向けて刀を抜く。
「平気です。あなたには、どこまでもお付き合いします」
サピィも杖を構えて、凄まじい魔力を発動させた。
「ありがとう。こっちは手短に済ませるぞ!」
兵士を、一人も欠けさせたくない。あの中には、ルーオンたちだっているんだ。彼らを見捨てたとあっては、彼らを託してくれたリックに、俺は顔向けができない。
「おらおら、【ディメンション・セイバー】!」
刀から衝撃波を撃ちながら、兵士たちを守る。ジュエルは俺が回収せず、兵士たちの弾倉にしてやった。
ルーオンも同じように、空を飛ぶ敵を相手に衝撃波を撃っている。
「ダイヤが出たら、スロットに入れろ! 体力と魔力が回復する!」
「……ホントだ。少しだけ楽になった!」
ジュエルを武器のスロットに装着したルーオンが、息を吹き返す。
「コネーホ、あなたはわたしの側で隠れてください」
「すいません! お役に立てなくて!」
「いいんです。ここにいられるだけでも奇跡ですから」
みんな、懸命に戦っている。それでも、堕天使の数が一向に減らない。
「それはなんですか?」
俺の刀のスロットに入っているジュエルに、サピィは関心を向けた。
「見たところ、サイズはオーブで種類はオニキスのですね。ですが、これは見たことがない形です」
オニキスは、倒した相手の魔力や体力を俺に変換する。
「ああ、マガタマっていう形なんだが」
「また、新しいジュエルですか。あなたは、本当に面白い」
サピィが、微笑む。
「変種なら、別の効果もあるかも知れません」
「おう。やってみるさ」
しかし、堕天使の動きがおかしい。
「出口に集まっていきます」
堕天使たちが、出口の前で融合を始める。その姿はまるで、巨人だった。
「ジェエエアアアアアアアア!」
巨大化した堕天使が、出口に立ち塞がる。
トウコたちも、急ブレーキをかけた。これでは、出られない!
「ギガースだと!?」
「そうでした。ギガースも、堕天使の一種でしたね」
たしかに、ギガースは天界を追われた巨人族だったはず。とはいえ、あの巨大堕天使はギガースの数倍は大きい。一〇〇メートルはあるだろう。
ギガース亜種が、リュボフを踏みつけようとする。
「おらああ!」
俺は、ギガースの足を狙う。
衝撃波が、足をふっ飛ばした。
足を切断されて、ギガースがたたらを踏む。
「今だ。姫たちだけでも行け!」
トウコ、シーデー、護衛役のフェリシアが、出口を抜けた。
後は、コイツを片付けるだけ。
「ランバート、ちょっといいですか?」
「どうした?」
「おそらくマガタマというジュエルは、スロットに直接つけないのでは?」
サピィが、細い紐を取り出す。
「これは、装備に何かをくくりつけようと思って、ダフネちゃんから購入したものです。お役に立てそうです」
刀のジュエルスロットは、柄頭の部分だ。そこには、半円状の輪っかがある。輪っかへ、サピィは紐を通した。マガタマジュエルをスロットから外し、紐でマガタマをくくる。
「この紐は、ジュエルを付けられないタイプの装備に、無理やりジュエルの効果をもたらす紐です。うまくいきそうですね」
これなら、他のジュエルにも影響が出ない。
「元あった場所には、ダイヤを入れておきましょう」
紐には、留具としてジュエルを使うこともできるらしい。
「これで大丈夫です」
ありったけのスフィア型ジュエルを、サピィは紐に通して留具にする。
「ジュエルそのものに、穴を開ける方法があるんだな?」
「ダフネちゃんの考案です。弾倉にできるんですから、アクセサリとしても加工は可能だろうと思いまして、ダフネちゃんと相談しました」
サピィですら、ジュエルの全貌はわからなかったのか。
斬られた足が再び生えてきて、堕天使型ギガースが持ち直す。
「さて、トドメと参りましょう」
「OKだ。くらえ、ディメンション・セイバー……あぁあっ!?」
俺は、いつものように衝撃波を刀から撃ち出した……はずだった。だが、撃ち出されたのは、虹である。虹色のセイバーが、ギガース堕天使を斬り裂いた。
各種属性攻撃を受けて、堕天使の巨人が粉々になる。
残ったのは、大量のジュエルだけ。
「色が虹色だった」
「なんか、ゲーミング・セイバーだったな」
ルーオンが、呆れている。
「すごい……これは、例の武器にも使えるのではありませんか?」
「例の武器って、【
俺が聞くと、サピィがうなずく。
「そういえば、刀がボロボロだ」
さっきの攻撃に、とうとう刀が壊れてしまった。
「外へ出ましょう。武器がないとあっては、太刀打ちできません」
俺たちは、すぐさま外へ。
そこには、先に帰っていたシーデーたちが、神妙な面持ちで立っていた。
姫たち兄妹と、フェリシアだけが、そこにはいない。
「おかえりなさいませ、ランバート殿」
「フェリシアはどうした?」
シーデーに問いかけても、彼は首を振るばかり。
「リュボフ姫を慰めておいでです」
「なにがあった?」
「ヒューコ国王が、亡くなりました」
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