リュボフ・ヒューコ:サピィサイド
サピロスは、アストラル世界へと潜り込んだ。
アストラル世界は、外観こそ現実世界と変わらない。しかし、ここは裏の世界である。自分たち以外、まったく人影がない。
傍らには、ビョルンもいる。サピロスより、緊張していた。
「大丈夫ですか? アストラル世界には慣れませんか?」
「いや。平気だ。それより、大事なことがあるからな」
やはり彼は、塔でなにかを探しているようだ。
「あれは、何者ですか?」
緑色の防護服を来た細身の人物が、タワーのてっぺんでコンソールを叩いていた。顔の部分はガラス製のシールドに覆われていて、正確に顔がよく見えない。その格好は、まるで宇宙人である。
コンソールは、なにかの制御装置のようだが、全貌はハッキリしない。
「いた。彼女だ」
興奮しながら、ビョルンが防護服の人物の元へ駆け出す。
たしかに反応では、あの人物が姫である可能性が十分に高い。
「リュボフ!」
なぜか、ビョルンがリュボフ姫を呼び捨てにした。
「ああ、ビョルン!」
防護服を来た人物が、こちらに気づく。声で、女性だとわかった。
ビョルンとリュボフが、抱き合う。親が知り合い同士というから、友愛のしるしだろうか? それにしては、随分と。
「来ちゃダメよ。塔の様子をお願い」
「だって、たったひとりでこの塔を守ってきたんだろ?」
「塔のすべてを把握しているのは、私だけだから」
ビョルンとリュボフが、サピロスそっちのけで会話をしていた。
「ああ、ごめんなさい」
サピロスの存在に気づき、リュボフが身なりを整える。
「あなたが、ビョルンをこちらに連れてきてくれたのね?」
「はい。わたしはサピロス・フォザーギルといいます」
「フォザーギル。するとあなたが」
サピロスが、首を縦に振った。
「こんな格好でごめんなさい。リュボフ・ヒューコよ。この塔の管理を担当している、ヒューコ第一王女よ。まあ、伯父に代わってだけど。あなたも、マギ・マンサーなのね?」
うなずきだけで、サピロスはこたえる。
「詳しいことは後です。脱出しましょう」
サピロスは、リュボフの手を引く。
しかし、リュボフは拒絶した。
「なぜだリュボフ? オイラたちと逃げよう」
「それはできないのよ」
ビョルンが説得するが、リュボフは大きく首を振る。
「ムチャだ。一旦出よう。このアストラル世界ってのは、長時間潜っているとキミにとっても危険だって言うし」
「ダメ。私がここを離れたら、人が魔物や悪い神々に太刀打ちできなくなるわ」
また、リュボフは作業を始めた。複雑な作業をしているようである。
コンソールの構造が複雑すぎて、サピロスでさえ手伝えない。
「どうして?」
「アイツは、堕天使たちはこの塔を利用して、危険なことをしようとしているの」
「何を?」
「ペトロネラの狙いは、この世界じゅうのマジックアイテムに【下方修正】をかけることよ」
すべてのマジックアイテムを、ペトロネラは弱体化させる気らしい。
「話が長くなるから」と、リュボフがガスマスクをくれた。防護服と同じ構造で、アストラル世界でも十分に呼吸が楽になるらしい。
「神を溺愛するあいつなら、それくらいやるわ。やつは、自分が仕える神以上に強くなろうとしているヤツラに、片っ端から下方修正をかけるつもりなの」
「どうして、そう思われるので?」
「堕天使共の本命が、宝物庫だからよ」
【宝物庫】こと第三層は、いいマジックアイテムが出るようにセッティングされている。もはやそれより上の階層で戦っても、得られるのは経験値程度らしい。
「四層以降は、神の領域だし。宝物庫で得た武器を試す、いわば実験場にすぎないわ。強いハンターが集まれば集まるほど、武器や防具も強くなる」
「だが、ペトロネラはそれをよしとしなかった」
「そうよ。だから、神から追放されたのにね」
作業をしながら、リュボフは語った。
神は、地上を破壊しようとする邪悪な存在を退治しようとしている。神は、自ら手を出せない。地上まで破壊してしまうから。そのために、マジックアイテムを地上へ用意した。地上でのアイテム管理を、ソーナタージ・オブ・シトロンと、息子ルエ・ゾンに託す。
なのに、ペトロネラは人間が神に等しい力を持つことを恐れ、弱体化を図ったのである。神に背く行為だとしても。
「では、我が父ギヤマンが殺害されたのも」
「ご想像のとおりよ」
フィーンド・ジュエルは、神すら越えそうな道具を、簡単に手に入れられる。しかも神が作ったわけではないため、神の干渉を受けない。そんなアイテムを、ペトロネラは恐れをなしていたのだろう。
「でも、あいつはやりすぎた。せっかく地上を支配しようとする輩を倒せる切り札を見つけたのに、邪魔をしたから。ペトロネラは、天界から追放されたわ」
「魔王側に回ったわけでは、ないのですね?」
「どうかしら? 人類が言うことを聞かないなら自分が支配したほうが早い、と思ったのかも」
真意は、リュボフでもはかりかねるようだ。
「ですが、もう限界です。堕天使はなんとかします。どうか、命を退治にしてください」
「塔を見捨てることになるわ。伯父の負担になることなんてできないわよ」
「ルエ・ゾンも、あなたを心配なさっています。口には出していませんが、きっとそうですよ」
サピロスに続き、ビョルンも「そうだそうだ」と返します。
「ペトロネラと直接戦うっていうの!? それこそムチャよ! 死ににいくようなもんだわ!」
「わたしたちには、最強のウィザードがいます。【
「
「旅先で、知り合いました」
「キングオブご都合主義ね」
呆れて、リュボフが笑う。しかし、その目には希望が宿っていた。
「でも、それなら勝てるかもしれないわね。強さはドレくらいなの? あなたが手助けしないといけないくらい?」
「レベルは七〇と少しです。今でこそわたしと肩を並べるくらいですが、【早熟】持ちなので、もっともっと強くなります」
リュボフが、作業の手を止める。
「魔王と、互角……」
しばらく考え込んだ後、リュボフはサピロスの方を向く。
「信じて、いいのね?」
「はい。ランバートは、絶対に堕天使に勝てます。わたしがサポートしますから」
「でも、ソレだけじゃダメよ。ちゃんと準備しましょう。わたしが手を貸すわ」
「お願いします」
リュボフはサピロスの手に続き、ビョルンの手を取った。
「ビョルン、待たせてごめんなさい。寂しかったわよね?」
「ああ。その分甘えさせてくれよな」
実に仲睦まじい。まるで、恋人同士のような。
「失礼ですが、お二人のご関係は?」
「見ての通りよ。私たちは、この塔で逢瀬を重ねてきたの」
塔でのマジックアイテムの管理は、多大なストレスを強いる。そこへ、自由人なビョルンがやってきた。
「彼は愉快で。私を楽しませてくれたわ。旅のお話を聞かせてくれたり、プレゼントをくれたり」
塔から出られないリュボフにとって
「それで、ビョルンは踊り子なのですね」
「ああ。そういうこった」
すべては、リュボフを楽しませんがためだった。
「オイラ本当は、王様からリュボフを連れて帰ってくるように頼まれていたんだ。いわゆるスパイってヤツさ。でもさぁ、情が移っちまった」
「私も、彼がどうしてこんな場所に来たかわかったわ。スパイだとしても、私にここまで親しくしてくれたのは、ビョルンだけだった」
しかし、塔に異変が起きる。リュボフは、その身をアストラル世界へ移すしかなかった。ビョルンすら手が届かない世界へ、身を隠すしか。
「でも、かくれんぼはおしまい。これからは打って出るわ。帰りましょう」
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