【陽炎】のカワラザキ
アストラル世界に潜ってすぐ、サピィは目的の人物を発見した。
「サピィ、もう見つけたのか?」
「ランバート、あの鉄塔が見えますか?」
三層の端、サビついた鉄塔を指差す。
「鉄塔の辺りに、黄金に光る人影が見えました」
「リュボフ王女の可能性が、高いんだな?」
「はい。おそらくは」
あの辺りに、王女は身を潜めているという。
「以前から引っかかっていたのです。なぜペトロネラは、【宝物庫】なんかに私兵を集中させているのかと」
それは、支配権が開発者のエルフ『ルエ・ゾン』から侵略者の堕天使『ペトロネラ』に移ってからも変わらない。
「宝物庫には、特に重要なアイテムなんてないはず。その割に、敵の配備が厳重すぎます。堕天使を配置するなんて」
堕天使が欲しがるアイテムなどは、まったく見当たらなかった。
「塔に入ってから、サピィはずっとペトロネラが三層にこだわっている可能性を疑っていたんだな?」
俺が尋ねると、サピィはうなずく。
「急ぎましょう。いくらエルフといえど、ここまで濃度の強いアストラルにいては」
エルフなので、エネルギーは補給できるだとうとのこと。しかし外気と離れすぎていて、呼吸が浅くなって酸欠のような状態になるという。そうなれば、エルフでも衰弱してしまうらしい。
「エトムント、この付近のモンスターを蹴散らしてくれ。俺たちは、王女を探す」
「わかった。頼んだぞランバート」
バイクに変形したシーデーに乗って、鉄塔まで急ぐ。
フェリシア、トウコも、自身の移動用召喚獣を呼び出した。
「ビョルンは、誰かの後ろに乗せてもらうか?」
俺はビョルンに問いかけた。
ビョルンは「大丈夫だ」と、一枚の召喚カードを出す。
「いくぜ、【ぶんた】! ヒャッホーッ!」
なんと、ビョルンが呼んだのは巨大なカナブンである。人をひとり乗せられるくらいの大きさで、ビョルンを乗せて低空飛行を始めた。飛距離は出ないようだが、スピードはバイクモードのシーデーと遜色ない。
「【
右側の魔物たちを、サピィが手からの赤黒い閃光で蹴散らす。
「おらああ!」
「しゃらくせえ!」
左側に集まってきた魔物の群れを、俺とビョルンで担当する。
フェリシアとトウコは、前と後ろに分かれて防御役だ。
「王女は、あの鉄塔の先にいます!」
サピィが、鉄塔の頂上を指差す。
鉄塔の付近を、大量の堕天使が飛び回っている。
「王女がアストラル界から抜け出すのを、狙っているのでしょう」
アストラル世界は、堕天使でも容易に踏み込めない特殊な空間だ。ルエ・ゾンの作り出した、高濃度のマナに入るのである。粘り気のあるプールに、頭から入るようなものらしい。
「付いてきてください、ランバート」
サピィが、バイクシーデーを操って、鉄塔を登っていく。
ビョルンを乗せたカナブンも、鉄塔にしがみついてはジャンプして昇っていった。
フェリシアとトウコが、先行する。
「任せて。厄介払いをしてくるわ!」
「おお、やるぞユキオ! お前の根性見せろーっ!」
馬を駆って、フェリシアが
「道を開けなさい!」
超攻撃モードになって、フェリシアが堕天使に斬りかかる。
フェリシアは銃での遠隔モード、剣と盾のバランスモード、槍で武装した超攻撃モード、盾二つの鉄壁モードと、4つの戦闘スタイルがあるのだ。
今装備しているハルバートも、元々俺が【イクリプス】として扱っていた大剣を改造したものである。
ルーオンとメグが共に大剣使いなため、フェリシアは大剣の装備をやめた。代わりに、両手持ち武装はハルバートに絞ったのである。
トウコも、長い棍棒を手にして無数の堕天使を殴り飛ばした。
だが、数が全く減らない。
「くらえ、【ハイドラ】!」
地面から、無数のヒドラが湧き出てきた。魔力によって生み出されたヒドラは、生きた砲台となって堕天使たちを撃ち落としていく。
召喚したのは、ゼンだ。知らない間に俺たちに追いついて、堕天使へ攻撃をしてくれている。
ゼンに撃ち落とされた堕天使たちが、地面へ落下していった。
深手を負った堕天使に、後から合流したルーオンやエトムントの騎士団たちがとどめを刺した。
「ゼン、いつの間に?」
「我がバイク乗りだと、忘れたか?」
初戦時の時はバイクチェイスをしたのを、ゼンに指摘されてから思い出す。ヴァイパー族は自分の足で移動すると、思いこんでいた。
「バイクはアイテムとして所持していた。後は起動させるのみ」
「そうか。頼もしいな」
リュボフ姫の位置も近い。いけるか?
「……サピィ、よけろ!」
俺が声をかけると、サピィが左に逸れた。シーデーも、バイクモードを解除する。
太刀のような軌道が、サピィが走っていた場所をえぐっていた。
「これをかわすか」
敵が、本性を表す。
空間が歪み、十文字槍を持った甲冑の男が姿を見せた。仏頂面で、顔のシワが険しい。身体も細く、骨ばっている。
あんな細腕で、あの幅広い槍を操るか。
「おのれ下郎!」
エトムントが、銃に取り付けられた剣で切りかかった。
またしても、中年サムライの姿がぼやける。
「よせ、下手に手を出すな!」
俺が叫ぶのも虚しく、エトムントは自身の武装を両断されてしまう。とっさに後ろへ下がったため、武器を斬られただけで済んだ。
「しゃらくせえって!」
今度はメグとルーオンが、左右から同時に斬りかかった。
またしても、中年サムライは姿がおぼろげになる。
「隠れたってムダだ! 【スプラッシュ・クロー】!」
ルーオンが、覚えたての技を繰り出す。剣を振ると、切っ先からオレンジ色の衝撃波が刃となる。
俺の【ディメンション・セイバー】と同じく、剣から衝撃波を撃つ技だ。
だが、闘気の刃はサムライを捉えることがない。虚しく飛び回るだけだった。
「太刀筋が遅すぎる。透明化をするまでもなかった」
まるでルーオンを相手にするでもなく、腹に蹴りを食らわせる。
ルーオンがみぞおちを蹴られ、うずくまった。
メグが報復のために動いたが、十文字槍に剣が阻まれてしまう。レベル五〇超えの剛剣を、サムライは細い片手でいなしてしまったのだ。
この強さは、並のハンターではない。
「マギ・マンサー? いや、光学迷彩ですね」
「いかにも」と、中年サムライの姿が再び実体化した。
「【陽炎】のカワラザキ、参る!」
陽炎が、踏み込んだ。一瞬で、視界から消える。光学迷彩か、単純なスピードかはわからない。
「
サピィが【破壊光線】を放つ。
赤黒い閃光は、十字槍の一撃によって切断された。
「切り捨て、御免!」
サピィのノドに、槍の先が迫る。
「離れろサピィ! おらあ!」
俺はサピィをかばうように、陽炎の槍を受け止めた。相手の身体を蹴って、距離を取る。
「ほほう。ペトロネラから改造を受けた我が剣を受けるか。さてはお主が」
「ああ。デーニッツを倒した」
しかめっ面だった顔が、さらに歪む。陽炎は、不気味な笑い方をした。
「なるほど。【幽玄のラムブレヒト】の話は本当であったか。ならば、相手にとって不足なし。お互い手出し無しで一騎打ちとまいろう!」
十文字槍を構え、陽炎が俺に切っ先を向けてくる。
「ランバート、相手の挑発に乗る必要はありません。全員でかかれば」
「そーだそーだ! と言っても、あたしらは手出しできないけどな!」
トウコたちは、堕天使の相手で忙しい。
「ビョルン、またサピィのサポートを頼む。お前もエルフだから、アストラル世界に馴染めるはずだ」
「わかった。サピィちゃんの保護は任せてくれ!」
俺は、陽炎と向かい合う。
太い鉄骨の足場に、向かい合う形となる。
おそらく陽炎の槍をまともに止められるのは、俺だけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます