行方不明の姫君

 サピィからの質問に対して、エトムントが席を外す。ハンター用の端末を持って、どこかに連絡を取り始めた。


「ああ。もう話してもいいよな?」


 端末を切って、エトムントは席に戻る。


「ルーオンたちには、退屈な話だ。一層で、技の特訓をしてきてもいいぞ」

「そうなのか? オレたちも聞くが?」


 エトムントが、露骨な人払いをした。なるべく、人の耳には入れたくないらしい。


「後で、かいつまんで話してもらえるかい?」

「もちろん」

「じゃあ、行こうか」


 メグに諭されて、ルーオンとコネーホはスキルの調節をするために席を外した。


「わかった。いざとなったら手を貸すからな」

「ありがとう。頼もしくなったな」


 エトムントが、ルーオンに手を振る。


「あたしたちも行くわ。ジュエルを集めるのが、役目だし」

「うむ。先に三層の掃除をしておこう。失礼する」


 ミューエとゼンも、席を立つ。


 俺たちは、場所を変えた。コナツの工房の隣りにある、セーフハウスだ。 


 兵隊に「いいよな?」と前置きをして、語りだした。


「実は、ヒューコの姫様が、塔の中で行方不明になっているんだ」


 それで、騎士団がメインで活動する必要があったのか。


「リュボフ姫っていうんだが、塔の異変に巻き込まれた」


 ヒューコ王女を救出することが、騎士団の真の目的だったのだ。


「なんで姫様が、塔なんかに?」


 姫様というのは、城でじっとしているものだと思っていたが。

 サドラーのヒルデはしょっちゅう出歩いているが、あれは特別だ。


「以前から、ヒューコの王と姫様は、仲が悪かったんだ」


 亡き母親に似て、ヒューコの姫君は学者として突出していた。災厄の塔に興味をもつのも不思議ではない。


 しかし、姫の安全を心配する王と、度々衝突をしていたとか。


「それで国王は、一人の斥候を送り込んだ」

「なるほど。その役割が、ビョルンだったと」


 どうりで、いち踊り子がどうして単独で塔なんかに登っているのかと思ったら。


「ビョルン、どうしてリュボフ姫は、学者の素質があったんだ?」

「姫の母親である、王妃様が元学者なんだよ」


 強い酒を飲んでいたビョルンが、話を引き継ぐ。


 災厄の塔に関しての論文を、大量に提供していたらしい。塔のシステム関連も、彼女が担当していたという。病死するまでは。


 娘である姫が、それを受け継ぐと息巻いていたという。国王の猛反対を押し切って、塔のシステム管理を引き受けたそうだ。


 あれだけの規模を持つ、塔である。外からではなく、内側からも管理する者が必要だったのだ。


「よく、ルエ・ゾンがOKを出したな?」

「それだけ、彼女の力は特別だったんだ。なんせ、ハーフエルフだしな」

「同じエルフ同士、通じるものがあったのだろうな」


 俺が言うと、ビョルンは酒を煽った。


「そんなレベルじゃない。リュボフ姫さんはルエ・ゾンの姪さ」


 新たに瓶を掴み、ビョルンは酒を手酌で注ぐ。直後、ノドを焼くほどに一気で煽った。


「ということは、王妃は」

「ルエ・ゾンの妹だったんだよ」


 話しながら、ビョルンはグラスをガンッと置く。


 リュボフ姫は、人間の国王とエルフとの間に生まれたのか。


「オイラは、ルエ・ゾンとは親同士が古くからの知り合いでさ。王妃とも親しかった」


 ところが、王妃は病気だった。長寿のエルフでも死んでしまう病気に、冒されていたのである。


「治療法もなくてさ。それでも世界の役に立ちたいってんで、奥方様は奮闘していた。しかし、志半ばで」


 首を振りながら、ビョルンが残念がった。


 出産自体が危ない状態だったが、自分の知恵をどうしても残したいと、姫を産んだ。それで、さらに体調を崩した。


「で、リュボフ姫が奥方様の役割を引き継いだってわけだ」


 亡き母の意思を受け継いたのか。


「秘密結社χカイの動向を探っていたわけじゃないんだな?」

「そっちもあった。オイラが見に行った時は、もう手遅れなレベルまで来ていたが」

「手遅れとは?」

「ペトロネラが動きだしたんだ」


 χを操っていたペトロネラが、塔に直接危害を加え始める。


 その影響を受けて、塔の内部が様変わりしてしまった。


「塔が変質してしまって、リュボフ姫の行方がわからなくなった。塔のどこかにいるのはわかっているんだ。なんせ、回復の泉を管理しているのは彼女だからな」


 あれだけの回復装置を運営しているなら、相当の知力を有するのだろう。


「ペトロネラが姫を狙うのは、塔のコントロールを制圧したいからか?」

「だろうな。しかし、オイラたちがどこを探しても、見当たらないんだ」


 保護しようにも、見つからないのではどうにもならない。また、救出を本人が望んでいるのかの確認も取らなければ。


「姫を見つけて、塔を支配するつもりか? あるいは殺すか?」

「殺しゃしないだろう。世界を破壊するつもりなら、とっくにやってらあ。災厄の塔をぶっ壊せば、終わりだろ」

「だよな」


 では、何が目的だろうか。


「自分が世界の明暗を握っている、ってことにしたいんだろうな。性悪ってのは、そういうもんだ」


 ビョルンの想像が本当なら、ペトロネラは相当にタチが悪い。


「なあなあ、どうして、お姫様救出作戦は、秘密にしたんだ?」

「それは、悪いと思っている」


 エトムントが、トウコの問いかけに詫びた。


「ヒューコの姫が塔の内部にいるということ自体、極秘だったのだ」


 王にお伺いを立ててから、俺たちに事情を話したという。


 さっきの連絡は、王室に向けてだった。


「姫が塔にいると知られたら、多くのハンターたちが押し寄せると思ったのだ」


 本気で姫を助けたい一団に当たったらいい。

 が、ハンターは善良な者だけではないのだ。

 悪党に知られて情報が漏れてしまったら、姫の身が危ない。


「特に恐れていたのが、χだった」

「だから、エルトリが危険な状態になっているのに、ヒューコは兵隊を回せなかったのね?」


 エルトリの関係者であるフェリシアからすれば、複雑な心境だろう。

 フェリシア自身も、エルトリ王家の肉親である。しかも、秘匿されて育った身だ。


「幸い、味方のハンターたちが尽力してくれたおかげで、姫の存在が発覚せずに済んだ。ヒューコも多大な被害を受けたが」

「わかる。これだけの数しか、兵士を配備できないんだからな」


 俺は、エトムントに同情した。


「とはいえ、姫はいったいどこへ行ってしまわれたのか」

「おそらくは、出るに出られないのでしょう。ご自身も、迷い込んでしまわれたのかも」

「サピィ殿、詳しく話してくれないか?」

「この世界は、物質世界の他に、【アストラル】という世界があります術式世界ともいいますね。姫様は、多分そちらに閉じ込められたのではないかと」


 災厄の塔が魔法で作られた塔なら、逃げ込むとしたらアストラルではないか、と。


「しかし、アストラル世界は万能ではありません。出る方法を知らなければ脱出できません。最悪、魔力が尽きれば死んでしまいます。もし出られないのなら、早く助けないと」

「ですが、どうやって?」 

「わたしなら、お役に立てるかも知れません」


 サピィがそう主張する。


 そうか。サピィの職業である【マギ・マンサー】は、見えない場所の探索もできるんだった。


「マギ・マンサーという職を開発したのは、ルエ・ゾンの母親です。もしかすると」

「リュボフ王女も、マギ・マンサーの素養が!」

「参りましょう。姫様を探します」


 すぐに塔の内部へ。

 一層、回復所の近くで、メグがルーオンとコネーホに技を教えていた。


「ああ、もういいのかい?」

「すぐに三層を攻略する。急ぐぞ」


 ルーオンたちと、三層へ向かう。


 到着するなり、サピィはすぐにマギ・マンサーのスキルを発動させた。


 途端に、サピィの顔が引き締まる。


「わかりました。敵の目的は、三層です!」

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