袋小路

 雑談をしながら、ビョルンと騎士団は先へと進む。


「しかし、彼の召喚獣が盾になってくれたおかげで、兵士に犠牲が出なかった。感謝する」

「どういたしまして」


 エトムントの感謝に、ビョルンも笑って応える。 


「みんな先へ行っているぞ。お前も早く来い」

「オレは、ついていっていいのか?」

「何を言ってるんだ?」

「前衛なのに、オレ、どうすることもできない」


 彼の剣は、両手持ちの長剣である。いわば、防御を無視した攻撃一辺倒の武器だ。それを、ルーオンは戦闘中、ずっと震わせていた。アタッカーなのに、前に出られなかったのである。


 ハンターたちは常時【フォースフィールド】というスキルを発動している。そのため、多少の銃撃・斬撃は耐えられるのだ。物理・魔法攻撃関係なく。障壁さえ貫かれなければ。


「仕方ない。【ブロウビート】を発動されていてはな」


威圧ブロウビート】とは、格下の相手に恐怖を与えて動けなくする常設スキルだ。障壁を弱体化させる効果もある。


 そんな技を発動されては、並のハンターでは攻撃も防御もできない。騎士団の数名も、ブロウビートを食らって棒立ちにさせられたようだ。


「ブロウビートが使えるなんて、相手は【君主ロード】クラスよ!」


 フェリシアは、聖騎士パラディンの最上位である君主だ。


「しかもブロウビートって、レベル差が四〇以上はないと発動しないわ。それなのに、一部の兵隊まで無力化するなんて」

「兵士の最低レベルは、四〇だ。黒騎士のレベルは、八〇超えと見ていいだろう」

「まさか……私たちの誰よりも強いじゃない!? ちょっとした魔王か、ドラゴンのレベルだわ!」

「そうなんだ」


 このパーティでもっとも強いサピィですら、レベルは七二である。ほぼ頭打ちだ。


 俺が七〇ちょうど。


 魔王を直接倒したからか、フェリシアは五〇から六八にまで伸びていた。


 トウコとシーデーが六五で並び、最後発のビョルンで六〇近い。


 黒騎士のレベルは、それをさらに上回る。


「だからルーオン、動けないのはお前のせいじゃない。相手が格上だったんだ」

「あんなバケモノ相手に、よく立ち向かえたな?」

「俺だって怖い」

「え?」


 意外だったのか、ルーオンが呆気にとられていた。


「なにも俺だけじゃない。サピィだって、みんなも怖かったはずだ」


 ハンターに、死を恐れないやつはいない。もしいたとすれば、そいつはもうモンスターに殺されているか、自身がモンスターとなっている。


「だから、なにも恥ずかしくなんてないんだ」

「オレはずっと、勝てる弱いモンスターばかり戦っていたんだなって、思い知らされた。みんな、あんな強い敵と戦ってきたんだな?」

「そうやって学んでいくのも、いいハンターになる条件だ」

「わかった。オレも役に立てるようにがんばるよ」

「コネーホを守ってあげるだけでも、すごいんだぞ」


 俺は、コネーホを見た。


 彼女は、ルーオンが必死で自分を守ってくれていたことを、ちゃんと知っている。


「ありがとう、ルーオン。あんたがいてくれなかったら、マトモにヒールを使えなかった」

「おう、任せろよ」


 ようやく、ルーオンはやる気を取り戻したようだ。


秘宝殺しレア・ブレイクは、有効に働いたようだ」


 二層を進みながら、俺はサピィに問う。


 黒騎士に、秘宝殺しが効いた。つまり、騎士の武装はレアアイテムと言える。


「オミナスだよな?」

「ええ。おそらくは」


 レア装備の中でも、呪われたアイテムを【禍宝オミナス】という。並のレアを凌ぐ威力を誇るが、呪われているため自身にもペナルティが課せられる。


 あの黒騎士に、どのような災いが降り掛かっているのかはわからない。しかし、あれだけのパワーを引き出したのだ。恐るべき副作用があるに違いない。


「泉があった。ケガ人から優先して活用してくれ」


 回復の泉で、負傷者を回復させた。


「よーしよし、まじろう。またよろしくな」


 ビョルンの召喚獣が、持ち直す。


 これで、安心して攻略できるかと思われた。


「おいおいマジかよ?」


 先行していたビョルンが、足を止める。


「何があった?」

「二層に閉じ込められたぜ」

「なんだと?」


 壁一面に黒いラバーのような物質がへばりつき、二層から先への侵入を拒んでいるらしい。


「なんてことだ。これでは、せっかくリュカオンたちが作ってくれた近道もムダじゃないか」

「おそらく、それが原因でしょうね。簡単に先へは行かせないという悪意を感じます」


 壁を触りながら、サピィが怒りをあらわにする。


「触っても、大丈夫なのか?」

「問題ありません。わたしの精神を侵食しようとするなら、一〇〇レベルではききません。堕天使にすら、わたしを操るなんて不可能です」


 第一、この壁は触った程度で精神を汚染されるような代物ではないそうだ。本当に、単なる通せんぼ用の仕掛けだという。


「おそらく、この仕掛そのものが、フロアボスです」


 トラップの発生源があるという、そこへ向かって仕掛けを解除すれば、このラバートラップは破壊できる。


「とはいえ、どうするんだ? 道が塞がれらたら、攻略どころじゃないぜ」

「ワタシに任せてください!」


 コネーホが、僧侶キャップを取った。ウサミミがぴょんと跳ねる。


「このフロアのどこかに、隠し扉があるはずです。そこに、仕掛けの発生源があるかと」

「お願いします。マッパーのあなたが頼りです」

「はい!」


 壁に手を当てながら、コネーホはウサギの耳を壁にそばだてる。ソロリソロリと、一歩ずつ前進していった。


「回復の泉は、無事だったな」

「たとえ堕天使と言えど、ルエ・ゾンの魔力だけは、侵食できないようですね」


 やがて、その足が止まる。


「ここです」


 ノックをすると、ここだけ音が違う。


 よく見ると、たしかに隙間がわずかにできていた。


 コネーホが壁を押すと、玄室が現れる。コンサート会場のように広い。


「あったぞ。リュカオンたちが言っていた宝玉だ」


 台座の上に、半透明のオーブが乗っていた。木のツタのような配線に覆われている。


「なんていう仕掛けでしょう。マギ・マンサーがいないと、解錠できない仕組みになっています」


 つまり、サピィがいなければ一生二層から先へ行けない仕組みだったわけか。マギ・マンサーは、魔物特有の職業だ。


「堕天使ペトロネラは、とんでもない仕掛けを作ったもんだな」

「最初から、わたしをおびき寄せる目的だったのかも知れません」


 サピィが、ボーリングの玉ほどあるオーブに手をかざす。


「今から、エーテル世界へダイブします。コネーホさん」


 コネーホに手を伸ばし、サピィが声をかける。


「何でしょう、サピィさん?」

「一緒に行って、道を探していただけますか? あなたのマッピング力がカギです」

「はい。ついていきます」


 サピィの手を取って、コネーホが目を閉じた。


「あとはビョルン、あなたにはコネーホのガードをお願いできますか?」

「サポートか。いいぜ。ついていこう。これでいいのか?」

「はい。OKです」

 

 ビョルンも恐る恐る、サピィと手を取る。



「参ります。ランバートはその間、我々のガードをお願いします」


 サピィたちが精神を集中させると、だんだん気配が希薄になっていった。


「わかった……むう!?」


 突然、天井から赤ランプが点滅し始める。


「警報だと!?」


 そこから、全員の対応は早かった。


 トウコがエリアヒールの準備をして、フェリシアがシールドを二つ構えてサピィたちを守る。そのすぐそばに、シーデーが指マシンガンを構えた。


 銃を構えて、兵士たちがサピィたちを守るように円形に囲んだ。


 前衛に立ち、俺は刀を抜く。


「ルーオン、お前はあぶれた奴らを始末しろ」

「わかった」

「来るぞ!」


 あたりの壁が一斉に開き、モンスターたちが押し寄せてきた。


 兵士の一人が叫ぶ。


「ウソだろ!? こいつら、三層のモンスターどもだ!」

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