ダークナイト ラムブレヒト

 二層にいたのは、【黒騎士ダークナイト】だった。闇に落ちたハンターの一種で、呪われたアイテムも装備できる。その代わり、相応のペナルティは発動するが。


「あれが、ラムブレヒトか?」


 目からは、赤い光が通っている。フォート族のような全身金属の種族なのか、ヨロイから発せられている光なのかは、わからない。


 負傷者は多数だが、犠牲者は出ていなかった。


「化け物め!」


 複数の銃撃を、剣だけですべて弾き飛ばす。得物は、両手持ちのグレートソードである。刀身は黒い。


 西洋ヨロイという、実にクラシックな出で立ちだ。重火器が主流となった時代には、似つかわしくない。なのに、黒騎士は近代武装をものともしなかった。


「何があった?」


 物陰に隠れている兵士の一人に、状況を確認する。


「二階層のボスを調査していたんだ。そしたらいきなり出てきやがった。べらぼうに強い!」

「ヤロウ、オレたちを足止めして遊んでやがる!」


 すっかり怯えきった様子で、兵隊たちは語る。


 団長のエトムントだけが、唯一善戦しているようだ。しかし、仲間をかばいながらの攻防なので、真の実力を発揮できないでいる。


 血の気の多いルーオンでさえ、ラムブレヒトに突っ込んでいく無謀さは持ち合わせていない。金縛りにあったかのように、その場を動けなかった。


 コネーホも、同様である。杖をギュッと掴み、足を震わせるしかできない。


「隊員の回復を頼むぞ。あたしがヤツの足止めをするから」

「私とシーデーで、あなたたちを守るわ。安心して仕事して!」


 トウコとフェリシアから声をかけられ、「は、はい!」とコネーホは返事をした。負傷者に【エリアヒール】を撒く。


 防御するなら、フェリシアだ。

 が、黒騎士の素早さに対抗できるかは怪しい。


 トウコの判断は正しかった。

 

 コネーホの魔法熟練度も上がるだろう。


 戦闘や労働などのスキルには、ポイントの他に【熟練度】という要素がある。

 熟練度が増すと、スキル使用時のマナを軽減できるのだ。

 いくらスキルポイントが高くても、使い続けなければ肉体に浸透しない。

 覚えているだけで使用しなければ、技術は腐ってしまうのだ。


「……オレは、どうすれば?」

「あんたもコネーホを守ってあげるの!」


 震えるルーオンに、フェリシアが活を入れた。


「おう!」


 目が醒めたのか、ルーオンの震えが止まる。


 兵士の一人が、尻餅をつく。


「うわあああ!」


 彼に向けて、黒騎士が剣を突き刺そうとした。


「【ソードバリア】!」


 すかさず、サピィが障壁を張って、黒騎士の剣を防ぐ。


 再攻撃しようと剣を振るう。


「とりゃああ!」


 上がった腕に向けて、トウコが蹴りを二発食らわせる。


 黒騎士は、大きく仰け反った。しかし、剣を取り落とすまでには至らない。ギリギリのところで踏ん張り、反動でさらに追撃しようとする。


 トウコは避ける体制に入るが、あのままでは背中を斬られそうだ。それでも構わず、カウンターの上段回し蹴りをかまそうとしている。玉砕覚悟か。


「おらあああ!」


 オレは、刀を抜く。トウコに振り下ろされそうな一撃を受け流す。


「ナイス! チャストォ!」


 黒騎士の顔面へ、渾身のローリングソバットが突き刺さった。


「【デモリッション】!」

サピィの【破壊光線デモリッション】が、黒騎士に炸裂する。


 しかし、黒騎士は剣から赤紫色の衝撃波を放った。サピィの破壊レーザーを、剣戟で壁へと流す。


「あれは、【ディメンション・セイバー】!?」


 サピィの破壊光線を退けるとは、かなりの高威力だ。ディメンション・セイバーは、無属性の遠距離攻撃である。どの魔物にも有効であるがゆえに、威力は低いはず。


 おまけにサピィは、単独で魔王クラスさえ倒すハンターだ。


 なのに、黒騎士はその攻撃を防いだのである。


「ぬうっ! これが例の……」


 とはいえ、剣からは煙が上がっている。あれは……。


「このままでは、分が悪いか」


 くぐもった声で、黒騎士が後ずさる。信じられないことに、壁と同化した。


「待て。ええい、撃て!」


 エトムント隊長が、号令をかける。


 壁に向けて、騎士団が一斉掃射した。


 しかし、いくら騎士が消えた壁を調べても、なにもない。壁に穴が空いただけだ。触っても殴っても、気配すら消えていた。


「逃げたか。それにしても、なぜ騎士は襲ってきたんだ?」

「あの部屋にある、魔力石を調べていたんだ」


 通路の脇にある小部屋に、墓石のような形の魔力石が突き刺さっている。


「これは、例の魔力石か」


 魔物を凶暴化し、増やす魔力石だ。これまで、数々のダンジョンでみかけたものと同一である。


「浄化しておきましょう。手遅れかもしれませんが」


 サピィが、魔力石に触れた。あっという間に、石から魔力が失われていく。やがて、石はボロっと崩れた。


「戦力分析をします。シーデー、戦況の記録を」

「承知」


 シーデーが、戦場を見渡す。


「何をしているんだ?」

魔導占術師マギ・マンサーのスキルで、戦況を再現します」


 サピィが腕から、スライム状の粘液を出した。

 ドロっとした液体が、床に落ちる。


 その粘液が、壁や床を這いながら進んでいった。カギカッコ状に折れたシールドも、確認するかのように撫でる。一通り回った後、サピィの腕へ戻っていった。


 シーデーが戦場の状態を記録し、サピィがモニターでどのような戦闘だったのかを復元するという。


「復元って?」

「壁をモニターにして、映し出します」


 敵をよく知らなければ、戦略の立てようがない。


 そうサピィは主張し、シーデーの肩に手を置く。


 シーデーが、目から光線を放つ。


 壁に、ダンジョンそっくりの映像が。


「これは、サピィが映像化しているんだな?」

「はい。マギマンサーのスキルで、戦闘風景を再現しています」


 サピィが戦場の状態を確認し、それをシーデーに伝える。


 目をプロジェクター代わりにして、シーデーは当時の状況を再現しているらしい。


 モニターに、魔力石があった玄室が映った。

 

 一人の男が、魔力石を床に突き刺している。

 

 かなり簡略化されているが、黒騎士ラムブレヒトと見て間違いない。


「玄室に、この男がいたのか?」

「そうだ。我々は、魔力石を発動させるわけにはいかなかった」


 これ以上、魔物でフロアを埋め尽くしたくなかったからだろう。


「で、返り討ちにあったと」

「これだけの騎士団を、あの男はたった一人で迎え撃った。しかも、我々は何もできず」


 銃で撃っても、剣で切りかかっても、まったく刃が立たなかったという。まるで児戯のように。


 騎士隊長エトムントだけが、まともに切り合えていた。しかし、ダメージを与えるには至らない。


 黒騎士ラムブレヒトが、隊長に向けて剣を横に薙ぐ。


 シールド部隊が、黒騎士の剣を防いだ。


 突き破られこそしなかったものの、盾は折れ曲がり、使い物にならなくなる。


「おっ、ビョルンの召喚獣が現れたぞ」


 ビョルンが、アルマジロの召喚獣を出す。ピンチになった兵隊の元へ、かけつけた。


 両手持ちの魔剣を、アルマジロは真正面から受け止めてしまう。凶悪な一撃を食らって、ビョルンの召喚獣は消滅した。


「ビョルンはよく無事だったな?」

「どうにか。だが、『まじろう』のカードが斬られちまった。瞬殺だったぜ」


 召喚獣が倒されると、術士の同様に魔力ダメージを食らう。相当に疲労が溜まっているはずだ。


「二度と召喚できないのか?」

「いや。しばらくしたら回復する。だが、当分オイラは防御面ではサポートできないからな」

「回復の泉に戻るか?」

「いや。二層の泉をブクマしよう。フロアボスは、それから対処ってことで」


 第二階層に拠点を設ければ、少しは戦闘も楽になるはずだ。


「それにしても、二層はまだなにかありそうだな。油断できんぞ」


 エトムントの号令で、騎士団たちが動き出す。


 しかし、ルーオンはその場に立ち尽くしていた。


「どうした?」

「何もできなかった」


 まだ、ルーオンは震えが収まっていない。

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