ラッキースケベとパワーレベリング

 俺は、現状を把握しきれない。


 コネーホもルーオンも、半裸でドロドロである。


「ふえええ。ランバートぉ」

「ち、違うんだってマジでっ!」


 とにかく、これは第三者に事情を聞いたほうが早そうだ。


「シーデー、状況を報告してください」

「ルーオンがカッコつけようと魔物を蹴散らしていたら、トラップに引っかかったのです」


 コネーホをかばうように、ルーオンは戦っていた。そのせいで、サイドに気が回らなかったそうで。


「で、横の壁にあったスイッチに、ヒジがかかってしまったのよ」


 フェリシアが、ため息交じりに解説した。


 半透明の粘液が、ルーオンに降り注ぐ。


 ルーオンをかばおうと、コネーホが飛びかかった。今度はコネーホが、まともに粘液を浴びてしまったらしい。


『都合良く衣服だけ溶かすトラップ』だったらしく、コネーホの装備がほとんど解けてしまった。

「まさしくラッキースケベだな!」


 愉快そうに、トウコが腹を抱える。


「それだけならよかったのですが、運の悪いことにモンスターの追撃まで」


 そこは、シーデーとフェリシアでなんとかしたという。しかし、ルーオンも戦闘に加わろうとして、足を滑らせた。その直後が、この状態だそうで。


「あのトラップは、警報の役目もあったようですな」

「ふむ。装備を取っ払ったところで、モンスターに襲わせる作戦というわけか。実に合理的だ」


 俺とシーデーでトラップの分析をしていると、コネーホがモゾモゾと動く。


「感心していないで、助けてよぉ」


 身体がツルツルして、二人とも身動きがとれないようだ。


「シーデー、温風で粘液を吹き飛ばしてください」

「仰せのままに」


 サピィの指示で、シーデーがドライヤーのような銃をホルスターから出す。この銃は、任意で火炎放射や冷凍ガスを放出する。


 熱風を放ち、粘液を吹き飛ばす。


 コネーホはスカートを抑えていた。が、スカート自体が溶けている。そのため、下着を隠しきれない。


「とにかく、回復の泉まで行こう。そこで予備の装備に着替えて、体制を立て直す」

「了解」


 回復の泉は、すぐ近くにある。


 ハンター証を入り口のコンソールに差し込み、カネを払う。


「回復の泉までは、干渉できないっていっていたな?」

「はい。光ある所に少しの影があるように、影がある所にも、わずかな光が必要なのです」


『光だけ』『闇だけ』だと、かえって世界はバランスを崩す。純粋な光や闇は、むしろ存在を維持しづらい。


 なのでペトロネラは、ハンター安住の地である回復の泉を見過ごすしかなかった。


「塔の維持・支配が目的のようですね。破壊するだけなら、真っ先に泉から壊すでしょうけど」


 さっそく、二人の身体についた粘液を落とさねば。


 しかし、お互い服を脱ごうとしない。照れがあるのだろう。


「お前たちが入らないなら、あたしが先に入るぞ」


 回復する必要もないのに、トウコが泉にドボンと浸かりだす。二人より幼い体型を惜しげもなく晒し、泉の中へ身体を沈めた。


「わわわ!? なんだよ、このドワーフ! スッポンポンで入ってきやがった!」

「いいじゃないか。混浴なんだし」


 回復の泉は普通、少なくともインナーを着て入るものだ。


 しかし、トウコは「湯加減が気持ちいい」と、裸で入るのである。


「二人が気兼ねなく入れるように、トウコは気を遣っているのよ」


 フェリシアが、フォローを入れる。


 そこでやっと、二人は意を決して湯の中へ。


 コネーホとルーオンが、背中を向けあって湯に浸かる。


「なあ、コネーホ」


 ルーオンが振り返って何か言おうとした。しかし、コネーホが丸裸だったので視線をそらす。


「ちょっと、こっち見ないでね」


 起伏の少ない身体を、コネーホが腕で隠した。


「誰が!」


 またコネーホの方を向きそうになって、慌てて首を反らす。


「……悪かったよ」

「もう、気にしてないよ」


 回復したところで、二人とも泉から上がる。


 粘液は、どうにか溶け落ちたようだ。


 シーデーが、風魔法を放つドライヤー型の銃から、温風を放つ。ルーオンの髪と、コネーホの全身を乾かした。


 装備はほとんど溶けてしまったが、ジュエルは無事である。装備を変えて、そこへジュエルだけ再装填した。


「ありがとうございます、シーデー。もうルーオン、調子に乗りすぎ」

「でも、かなりレベルアップしたぜ」

「それは『パワーレベリング』っていうんだよ。ワタシたちの実力じゃないよ」


 パワーレベリングとは、『強いハンターと組んで、レベルの高い狩場で経験値を稼ぐ』行為を言う。


 修羅場をくぐるので経験値は貯まるが、戦闘経験が浅くなる。ハンターからは推奨されない。


「オレだって、パワーレベリングには手を出さなかった。でも、事態が事態だからな」


 リーダーであるリックに代わって、塔の調査を任さたれ。ルーオンも、割り切っているようだ。


「ところでサピィさん、経験値ってなんですか?」


 コネーホが、サピィに質問する。サピィが敬語で話すからか、コネーホはサピィ相手だと敬語が抜けない。


「ハンターの講習だと、抽象的・機械的にしか教わらなかったので。サピィさんは魔物さんなで、ご存知ですよね?」

「倒した魔物から排出される、魔力の残滓を体内に吸収するのです」


 魔物は倒されると、相手に魔力を吸い取られる。

 なぜかと問われても、『そういうルールだ』としか言えない。そうやって魔物たちは、弱肉強食の世界を構築し、生き延びてきた。


「それが、魔石か?」


 ルーオンが、自分の倒した魔物から得た、石ころを手に取る。


 そこそこ引き締まった筋肉を見てか、コネーホの頬がわずかに朱に染まった。


「なんだ、コネーホ?」

「なななんでもないっ!」


 コネーホは頭を振って、ルーオンに背を向ける。


「はい。魔力を相手に吸い取られた後の、残りカスですね。ハンターはこれを貨幣に変えるのはご存知ですね? 換金すると、一グラムで銅硬貨程度の価値です」

「はい、サピィさん。講習で習いました」


 肉料理を食べた後の骨と思えばいい、とサピィは表現した。


 ある程度レベルが上ったら、それなりに詳しく聞ける。だが、二人はまだそのレベルに達していないらしい。


 他にも二人は、サピィからアイテムドロップについても教わった。魔物はレアアイテムなど、アイテムを体内に取り込んでパワーアップすることもあること、その作用のせいで、魔物がアイテムを落とすという仕組みなど。


「じゃあ、フィーンド・ジュエルってのは?」

「経験値に混じって得られる、特殊な宝石です。貴金属としての価値はありません。が、魔力石としてこれほどの鉱物はありません」


 ふんす、と珍しくサピィの鼻息が荒い。

「まあその分、もらえる経験値は六割ほどに減ってしまうのですが」


 すぐに、サピィがシュンとして肩を落とす。感情のアップダウンが激しい。


「オレたちにも、回収用のアイテムを分けてもらったけど」


 ルーオンが、腕にはめたブレスレットを見つめた。


「あんたが魔物だって聞いたときは、ぶったまげたけどさぁ」

「怖いですか?」


 やや驚かせ気味に、サピィがつぶやく。


 だが、ルーオンは臆さずに首を振った。


「リックの恩人を、そんな目で見たくないぜ。あんたは信用できる。だからすべてを話してもらっても、ついていこうと決めた。多分だけど、リックもそうしていたはずだ」

「ありがとうございます、ルーオン」


 レベリングに関しては、もういいだろうと結論づいた。


 二階にいる騎士団メンバーと合流することに。


 だが、血相を変えたビョルンが、一層に降りてきた。


「やべえ、すぐ来てくれ!」

「どうした!?」

「出やがった! あの騎士だ! ラム酒だかラム肉だか!」


 二層への道を指し示し、ビョルンが早口でまくしたてる。


「ラムブレヒト?」

「そうだ。そいつだよ!」

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