フロアボスの引退先

 フロアボスって引退できるのか? まずはそれが疑問だった。


「どうして、引退を考えた?」

「我々では、ペトロネラを止められません。逃げるのが、手一杯でした」


 ペトロネラの目を盗んで逃げ出すのが、やっとだったらしい。


「引退して、どうするんだ?」

「普通のモンスターに戻ります。あるいは、あるじルエ・ゾンの元へ戻るか」

「じゃ、いいところがある。まずは、ルエに挨拶だな」


 俺は振り返り、「悪いんだが、席を外す」と騎士団に相談する。


「構わない。一大事だからな」


 騎士団長エトムントも承諾してくれた。


「我々は、先行していいか? 危ないことはしない。リュカオンたちの逃げてきたルートを逆走して、抜け道が他にもないか探してみる」

「ああ。ペトロネラの兵隊に感づかれないように注意してくれ」


 ココに来て、バラバラに動くことになるとは。危険な気もするが、ヘタに調査を長引かせてもいけない。


「道案内役を、一匹置いてきましょうか?」


 リュカオンの長が、打診してくる。


「結構だ。我々だって、騎士団だ。自分の身ぐらい自分たちで守るさ」

「では忠告だけ。もはやこの塔は、ほぼペトロネラのものです。すべての階層ボスが、ペトロネラの部下に取って代わられました。二層に行くことさえ、困難を極めるでしょう」


『回復の泉』のような安全地帯を除けば、ペトロネラの支配下と思っていいらしい。


「肝に銘じておくよ。ではランバート、二層で落ち合おう。我々は、回復の泉までのルートを確保しておく」


 エトムントは、先行して獣道を進む。


「オイラも、付いていくことにすらあ」


 ビョルンが、騎士団のサポートに回ってくれるという。


「心強いな。頼めるか?」

「実はよお、オイラはオイラで、用事があるんだよな。だから、騎士団に死なれたら困るんよ」

「そうか。じゃあお願いする」

「任されてー」


 ビョルンは、騎士たちの後をついていった。


 他に、俺はフェリシアとシーデーに頼みごとをする。


「フェリシア、シーデー、頼みがある。一層でルーオンたちのレベル上げでもして、時間を潰しておいてくれ」


 ルーオンたちには、わざと初心者を装って探索してもらうつもりだ。

 しかし、ルーオンたちには壁役がいない。

 遠距離攻撃する手段もなかった。

 フェリシアとシーデーが適任だろう。

 トウコが残ることも視野に入れたが、それでは回復薬見習いのコネーホが育たない。


「わかったわ」


 俺たちが行こうとすると、案の定ルーオンが抗議してくる。


「オレは十分強いぞっ」

「それは私たちの足を引っ張らなくなったときにいいなさい」

「……ちぇー」


 さすがにフェリシアの実力はわかるのか、ルーオンはおとなしくなる。特にシーデーとフェリシアは、わかりやすく強いからな。


「じゃあ頼んだ」


 俺はフェリシアたちと一旦別れて、塔を出た。

 ハイエルフのルエ・ゾンがいる館へ。


 館に入りやすいように、リュカオンたちは身体を子犬サイズに変えた。


「おお、かわいいなぁ。まあ、ユキオには負けるけどな!」

 ユキオとは、トウコが飼っている召喚獣のことだ。サモエド犬である。 

「ほほう。引退したいと?」

「はい」


 リュカオンは、主のルエに塔の事情を説明した。


 ほとんどのフロアが、堕天使ペトロネラによって侵食・汚染されているとか。これまでの【災厄の塔】とは、別の施設だと考えたほうがいいという。


「もはやペトロネラの支配は、我々の手におえません。このままでは物量で押されて、我がリュカオン族も死に絶えます」


 自身の種の保存さえ危ういほど、ペトロネラは危険らしい。相手を洗脳するのだ。改造など、さらに残虐な実験までされてしまうかもしれない。そう考えると、逃げるのが妥当か。


「まいったな。最強のリュカオンでさえ止められんとは」


 アゴに手を当てて、ルエは考え込む。


「ただ、汚染を止める手立てはあります」


 聞けば、元いたフロアボスを殺した際、奇妙な緑色のオーブを配置していたらしい。

 このオーブによって、ペトロネラの配下たちは力を得ているという。これを各層で破壊すれば、少なくてもその階層はもとに戻るそうだ。


「で、そのオーブの大きさはどれくらいなのです?」

「人の頭くらいでしょうか? それが、塔に生えてきた触手に覆われています」


 オーブを破壊するには、フロアボスを倒す必要があるという。

 フロアボスとオーブは生命が繋がっている。ボスさえ倒せば、オーブも勝手に力を失うらしい。


「現在、元に戻っているのは一層だけです。また、あなた方が破壊した魔石は、オーブの増幅装置です。あれが埋め込まれると、塔はまたペトロネラの魔力が浸透するところでした」


 リュカオンが、「ありがとうございます」と礼を言ってきた。


「俺は、自分のすべきことをしたまで。礼には及ばない」


 彼らの親玉を殺害したのは、俺である。感謝されても、なにか違う気がした。


「いえ。我々では同族である父を殺せなかった。あれは、感謝していると思うております」

「そうか」


 とはいえ、もう彼らではフロアボスとして活動できないだろう。


「わかった。出ていいぞ」

「ありがたき幸せ」

「その代わり、住処は自分たちで探せ。私はもう、関わらぬ」


 冷たい言い方のように聞こえるが、彼なりの親切心だ。ルエの影響力があると思われると、リュカオン一家に危害が及ぶかもしれない。そう考えてのことだろう。


「それなんだが、俺に考えがある」


 俺はリュカオンたちを、アイレーナについてきてもらうことにした。


「待てよ。モンスターってポータルを抜けられないんだよな」


 たしか、魔物はポータル移動はできない仕組みだったはずだ。


「いい。リュカオンの転送は、私がやろう。場所を指定しろ」


 コナツの工房……といいかけて、俺は首を振る。


 いくら言葉を話せて意思疎通も可能といえど、いきなり街のど真ん中にリュカオン一家がドーンと転送されてきたら、何事かと思う。下手をすると、ハンターに討伐されるかもしれない。


「街の外へ頼む。後は、俺たちが誘導するから」


 俺たちが先行して、アイレーナの街へ向かう。五分後に、リュカオンたちを召喚してもらう予定だ。


 きっちり五分後、リュカオンたちが街の外に現れた。俺たちが連れ添っているのを知ると、門番も安心する。


「ワケアリなんだ。彼らを街へ入れてあげてくれないか?」

「ランバートの頼みなら、断れないよ」


 行きな、というので、門番にリュカオンの群れを街へ入れてもらう。


 続いて、コナツの工房へ。


「こりゃまた、ドエライい奴らを連れてきたなぁ」

「彼らを番犬として、飼ってもらいたい」


 事情を説明して、コナツに引き取ってもらうつもりだ。


「俺たちは長いこと塔に上り続ける。その間、どうしてもアイレーナは手薄になってしまう。だから、護衛役にどうかと思ってな」

「ほほう。このオオカミたちに報酬は?」


 コナツが尋ねると、リュカオンたちは首を振る。


「定期的に食料と、寝床さえいただければ」

「……ギルドとの共有財産としてなら、面倒を見ていいぜ。さすがにオレらでも、これだけの数は世話しきれねえ」


 アイレーナのギルドとも相談し、リュカオンを世話してもらうことになった。


「ありがとうございますランバート殿」

「いいって。じゃあ、俺は塔に戻るとするよ」





 また俺たちは、ヒューコへ逆戻りする。




「どうだ、調子……は?」


 災厄の塔では、なにやら物々しい状態になっていた。


 とりあえず、魔物退治をしていたらしいが。


「散々よ。見てよアレ」


 フェリシアが呆れ顔で、『ある意味での』惨劇を親指で指し示す。




 ルーオンが、涙目半裸のコネーホを押し倒していたのである。

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