3-2 このエルフは、思わず殴りたくなります

偏屈エルフ ルエ・ゾン

 ルエ・ゾンに会うため、ヒューコのハンターギルドへ戻ってきた。

 ビョルンはまず、見せたいものがあるという。


「見ろよ。これがヒューコの地下牢『跡地』だ」


 なるほど、跡形もなく吹き飛んでいる。


「ひどい」と、フェリシアが顔を背けた。


 以前、数名のハンター崩れを、ヒューコの兵隊が地下の牢屋へ閉じ込めたらしい。


「そしたら囚人全員が、いきなり【デトネーション】をぶちかましやがってさ」


 当の下手人全員を含めた一七人が死亡、五四人が負傷した。


「だから、末端構成員は殺せと言ったのか」

「ああ。経験者は語るってやつだ」


 他の末端戦士も、自爆の手術を受けている可能性が高い。


 今後、ハンターの捕獲は考えなくてもいいだろう。


 地下牢跡地の見学も終えて、街の中へ。


 ビョルンの案内で、ギルドの裏手へ回った。


「ささ、お待ちかねのルエ・ゾンの屋敷【ミュージアム】だ」


 屋敷と言っても、簡素な建物である。ムダを省いた、エルフらしい佇まいだ。


「ツタがボーボーだぞ」


 正直な感想を、トウコが述べる。


 建造物は豆腐の塊みたいに質素だが、雑草は生え放題だった。自然を大切にしているのか、外観に関心がないのか。


「これは薬草よ。一見ただの草だけれど、ぜんっぶ、貴重なものよ。どこで手に入れたのかしら?」


 フェリシアが、【鑑定】のスキルで雑草の正体を見極める。


 雑草にまぎれて、ウッドゴーレムがあぐらをかいていた。ドレッドヘアのカツラを被っている。ラジカセを肩に担いで、音楽を聞いていた。


「あいつは、ドリアードだよ。いっておくが、浮浪者じゃねえぞ。この屋敷の番人をしている。屋敷全体に生えている薬草の管理が、主な仕事だ」


 ビョルンが言うには、木の精霊だという。彼がいるだけで、雑草が薬草として活性化するらしい。


 ドリアードが、こちらに気づく。丸いサングラスをかけた顔をむけ、白い歯を見せた。歓迎してくれているようだが。


「ふざけた格好だが、実力は本物だぞ」


 トウコが気を引き締めるほどだから、相当強いと見える。


 中へ入ると、内部も簡素だった。気難しそうな顔の老エルフが、複雑な大型マシンを調節している。


「ルエ・ゾン、客を呼んでやったぞ」

「今忙しい! 後にしろ!」


 さもうっとうしそうに、ルエ・ゾンは人払いをした。白髪に白いヒゲを携えているが、声は若い。


「ダンジョンの異変に詳しそうなやつを、連れてきてやったんだが?」

「なんだと?」


 ルエは作業の手を止め、ビョルンを見る。


「おまけに、コナツ・フドーの仲間だそうだ」

「コナツ……ああ、マナツ・フドーの孫かっ!」


 ようやく、老エルフはこちらに目を向けた。


「おい、ビヨンド・オブ・ワーストがいるぜ。どうなってやがる?」


 サピィを見て、ルエは眉間にシワを寄せる。


「なんだ、そのビヨンドワーストってのは?」


 ビョルンが問いかけると、ルエはため息をつく。


「魔王になった魔物のことだよ。まったく、とんでもねえヤロウを連れてきたな」


 作業を止めて、ルエがこちらに歩いてきた。 


「改めて。オレサマが、ルエ・ゾン・ウセだ。ダンジョンの異変を解決してくれたそうだな。おかげでだいぶ、作業が楽になった。クランの代表者は?」


 一瞬、サピィが俺を見る。


 俺は首を振って、サピィに解説役を頼んだ。このような曲者と話すなら、サピィの方がこじれないだろう。


「わたしです。サピィ・ポリーニといいます」

「本名でいいぜ。どうせ、ハンターギルド向けの偽名なんだろ?」


 さすがエルフというか、妙に察しがいい。


「……サピロスといいます。サピロス・フォザーギル」

「フォザーギル……落涙公ラクルイコウの。この度は、気の毒に」


 ルエが、俺たちを居間へ案内して座らせる。どうも、サピィの父親が死んでいることを知っているようだ。


「ダフネちゃん、お茶を出して」


 部屋の奥へ向かって、ルエが声をかける。


「はあいです」


 小さい女の子の声がした。


「うんしょ。うんしょ」


 助手らしき幼女が、キッチントレイにお茶を乗せて運ぶ。


「このコが、オイラの知り合いのノームだよ。『ダフネちゃん』ってんだ」


『ちゃん』までが名前だという。ややこしい。


「よろしくです」


 紹介されたダフネちゃんなる人物が、ペコリと頭を下げた。


「どうぞー。ドリアード特製の薬草茶です」 


 ダフネちゃんが、俺たちにお茶を配る。


「メチャクチャ甘いぞ! うまい!」

「ありがとうなのです」


 お茶を飲んで、トウコが何度もおかわりをした。


 一方、ダフネちゃんは立ったままである。


「あんたも一緒に、休息したらどうだ?」


 俺は、ダフネちゃんに声をかけてみた。


「お手伝いなので、大丈夫なのです」


 しかし、自分もお茶を飲みたそうにしているのはわかる。


「いいから」

「どうぞ」


 俺だけでなく、サピィたちも着席を促す。


「はいです。ありがとです」


 うれしそうに、ダフネちゃんもお茶をこくこくと飲み始めた。


「ダフネちゃんは、この屋敷に売店を構えて商売をしている。あんたらの武装やアイテムを売りたかったら、いつでも言ってくれ」

「勝手に話をすすめるなっての」


 薬草茶を飲みながら、ルエがパシッとビョルンの頭を叩く。


「でもいいや。街を救ってくれた礼だ。許可だしてやんよ。コナツの商品なら、間違いねえだろ」


 まさか、秒でここの商売を許してもらえるとは。


「ありがとうございます」

「ただし、お前らの腕を見込んで、頼みがある。今後も調査を行ってもらいたい。この条件、飲めるか?」


 サピィは、俺に伺いを立てる。


「お安い御用だ」


 こんな好条件、フイにするはずがない。


「オレサマの方でも、腕のいいハンターをよこしてやる。道案内には、ビョルンを使ってくれ」


 数日後、大規模な調査隊を結成する予定だという。


「重ね重ね、ありがとうございます」

「いいってことよ。ここ最近、塔の様子がヤバイんで、手を焼いていたからな」


 細かい商談は、ダフネちゃんを通してくれとのこと。


「ランバート。商談には、コナツさんもいた方がいいですね?」

「だな。その方が順調に行くだろう」


 調査団を結成している間に、商売の準備を始めることに決まった。


 お茶の休憩も終えて、ダフネちゃんは店に戻るという。


「さて、本題に入ろうぜ」


 ルエに、ダンジョンの様子を聞かせる。


「リカオンが? バカな。アイツは四層のボスだぜ? どうして一層にまで降りてきたんだ?」

「おそらく、この魔石が原因かと」


 サピィは、塔で得た魔石をルエに見せた。


 塔から切り離したというのに、未だに怪しげな光を放つ。フィーンドジュエルとは、また異質な光だ。


 ルーペを取り出し、ルエは魔石を確認する。


「これは、凄まじい邪気だな。こんなもの、人間じゃ作り出せねえ。かといって、魔族にも心当たりは……いや、でもなぁ」


 アゴに手を当てながら、ルエは長考モードに入ってしまった。


「こんなことができるのは、あの存在しか」

「だよな。そうとしか考えられん。いやあまた。あんたからしたら、因縁の相手だよな」


 サピィとルエが、話し合う。どうやら、共通の人物に思い当たったようだ。


「聞きたいんだが、サピィ。敵に心当たりがあるって、本当か?」

「はい。まさかとは思っていたのですが、こんなことができる者は、ひとりしかいません。ひと柱というべきでしょうか?」


 その存在は、人間社会に興味がないという。そう思っていたので、サピィは敵の候補から外していたらしい。


「魔王か?」

「いいえ。背徳者ペトロネラという、天使です。元・天使といったほうがいいでしょうか」

「因縁があるって言っていたが?」

「彼女は、フィーンド・ジュエルの開発に唯一反対していた存在です」

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