背徳者 ペトロネラ

 堕天使ペトロネラの名を聞いて、ルエ・ゾンが表情を曇らせる。


「やはり、あの存在か。人間界には干渉してこないと思っていたが」

「彼女は、人間が大嫌いですからね」


 ルエとサピィが、語り合う。


「その堕天使は何者なんだ?」

「神の名を騙って、自分が地上を支配しようとしていた存在です。魔族よりたちの悪い、堕天使ですよ」


 ペトロネラは従順な神の代行者だったか、愛情が行き過ぎていた。

 人類も魔族も平等に愛する神に、ガマンならなかったとか。

 神への愛をこじらせた末に、「天使以外の存在を浄化すれば、自分にだけ振り向いてもらえる」と、ペトロネラは考えるようになってしまったという。


「オイラたち人間界の言葉を使えば、『ヤンデレ』ってヤツだな」

「あそこまでいけば、『狂信者』です」


 サピィは不快感をあらわにした。


 ただ、ペトロネラは自分では直接手を下さない存在であると、サピィもルエも認識していたらしい。


「フィーンド・ジュエル開発当初も、あの堕天使は妨害しようとしました。人間が強くなることを、快く思っていませんでしたから」


 そんな時期に開発されたのが、呪いのアイテム【オミナス】や人工的なオミナスである【ブートレグ】だという。


「ブートレグの開発にあの堕天使が携わっているなら、納得です。あんな粗悪品を人為的に作り出すのは、あの女くらいでしょう」

「ふむ」


 ルエは、白いヒゲを指で撫でる。考え事をする時のクセみたいだ。


 相手の正体がわかった以上、対策は可能だとサピィはいう。


「では、ペトロネラ打倒に協力していただけないだろうか?」


 堕天使が相手となると、並の戦力では太刀打ちできない。チーム結成には時間をかけるとルエは告げた。


「攻略の手助けになるかはわかりませんが、こちらを献上いたします」


 サピィは、秘密結社χカイの首領『能面』の頭部とバックパックを用意する。


「χの目的は、結局我々ではわかりませんでした。しかし、災厄の塔から現れた組織だと聞きました。もしかすると」

「ペトロネラが関与している可能性が高い、と思ってるんだな?」


 サピィは、うなずきで返した。


「わかった。調べてみることにするぜ。ところで、報酬は店だけでいいのか?」

「……ランバート、お見せしてみては?」


 俺の脇腹を、サピィがつつく。


「そっか。そうだったな」


 話に夢中で、すっかり忘れていた。


「このフィーンド・ジュエルを扱えるようにしてもらいたい」


 俺は、刀型のオブシダンを用意する。


「なんだこれは? たしかにフィーンド・ジュエルに間違いないが」


 オブシダンの刀を指でなぞりながら、ルエはアゴに手を当てた。


「ところでルエ・ゾンは、フィーンド・ジュエルについてどれくらい知っているんだ?」

「ジュエルの開発に携わったのは、落涙公ギヤマンとシトロンだ、とは聞いている」


 たびたびギルドに、ジュエル型の武具を装備したハンターを見かけるくらいだとか。研究はしているが、俺が知っている情報以外は特に詳しくないらしい。


 たしかに、質のいいジュエルを使った武具を装備するには、使い手も強くないといけない。

 ヒューコ所属のハンターは、レベルが低いジュエル持ちばかりなのかも。


「だが、高度なマジックアイテムなのはわかる」

「コナツ……知り合いのドワーフが言うには、強度については未知数だとか」

「だろうな。お前の魔力次第で、この武器は鋼鉄にも木の枝にもなる」


 使い手の魔力が低ければ、たちまち折れてしまうという。


「今、浮かんでいるだろう? オレサマがやってるんじゃないんだ。勝手に宙に浮いてるんだよ」


 強力な磁気が働いていて、使い手のまわりをフワフワ浮いているのだそうだ。


「この武器を、自由自在に振るえるようにしてもらいたい」


 俺は、事情を説明する。


「なるほど。魔力を吸われすぎると。わかった」

「ジュエルでは、コナツの腕ではメンテすらできない」

「わかるぜ。鉄みたいに溶けねえしな。加工ができんのだ。そりゃあ、鞘や柄にしか細工できねえわけだぜ。とはいえ、単にカバーと持ち手が付いただけだな。コイツ自体が柄だったら、申し分なかったんだがな」


 なんとかしてみよう、と、ルエは約束してくれた。


「オレサマに預けておいていいのか?」

「構わない。しかし、コナツもここに連れてきていいか? 話し合いながらのほうが、捗るかと思うんだが」

「頼む」


 ひとまず、ギルドに調査隊結成の報告をする。


「導師ルエ・ゾン! これはこれは」


 冷ややかだったギルドも、今では落ち着きを取り戻していた。ある程度、モンスターの数が減ったからだろう。


「大規模調査隊を結成する。腕の立つハンターを数名よこせ」

「かしこまりました」

「中心のメンバーは、ここにいる」

「左様で、ございますか」


 自国のハンターを信用していないのか、と、受付の顔に書いてあった。


「別に、お前たちの腕が悪いとは言っていない。ことは急を要する。よそからだろうが強いハンターを呼んだほうが、ヒューコの安全につながるんだ」

「そうですね。ですが、強さの程を見せていただかないと」


 俺たちは、ハンターカードを見せる。


「全員、上級職!? 眉唾では……いや、功績もすばらしい! ほほう、エルトリ王家の勲章まで、カードに登録されている!」

「なによ。実物を見るまで信用しないつもりだったの?」

 

 フェリシアが文句を言うと、ギルドの男性受付は「はい」ときっぱり答えた。


「こういう勲章は、偽造だったりしますので。しかし、これまでの非礼をお詫びいたします」


 ヒューコのギルドは、もう何も言ってこない。

 すぐに、調査部隊を結成するという。


「ちょっと待った。オイラを、ランバートの仲間に加えてもらいたいんだよ」

 

 ビョルンが飛び跳ねて、カウンターに身を乗り出してきた。



「それは構わない。みんなはどうだ?」


 サピィは笑顔でうなずく。


「よいのではないでしょうか。ダークエルフの魔力には興味があります」


 シーデーからもOKが。


「いいわよ。移動中、目線がお尻に当たるのがちょっと気になるけど」

「別にいいぞ。あたしよりチビの男ハンターなんて、初めて見たんだぞ」


 他のメンバーも、ビョルン加入に文句は出なかった。


「でも、いいのか?」


 俺と組んだら、レアアイテムは手に入らない。


「フィーンド・ジュエルの方が面白そうだ。レアが霞んで見えるぜ」


 ビョルンは攻略勢だ。トレハン勢ではない。ならば、レアアイテムが出ないと文句は言わないだろう。


「決まりだな。よろしく頼む、ビョルン」

「ありがてえ。これでもう、ソロでオドオドしなくていいぜ」


 えへへ、とビョルンは笑う。


 続いて、商業ギルドで営業許可ももらった。税金は高めだが、塔の攻略費用にあてられると思えば安い。


「ルエ・ゾン。何から何まで、ありがとうございます」

「いいってことよ。オレサマは作業に戻る。ダフネちゃんとは、直接交渉しな」


 そう言って、ルエ・ゾンは屋敷に戻っていく。


 俺たちは、屋敷入り口の裏手に回った。正確には、街道側にあたる。


 店内では、ダフネちゃんが店番をしていた。


 おそらくダフネちゃんが作ったのだろう。アイテムは、手作り感が満載だ。


「ダフネちゃんさん、こちらに」

「はいです」


 カウンターにいるダフネちゃんに、サピィが声をかける。


「ノームは、手先がドワーフ並みに器用と聞きました。これらのアイテムを、加工できますか?」


 サピィは、フィーンド・ジュエルをダフネちゃんに見せた。


「ふおおおおお」


 ジュエルを見せると、ダフネちゃんはうなる。


「これ、見たことあるです。この装飾が施されたアイテムを使っているハンターは、アイテムを手放さないです」


 それだけ、人気商品らしい。


「こちらを自由に加工しても構わないというなら、お願いできますでしょうか?」

「やってみたいです。武器やアーマーなどはドワーフにお任せてして、装飾品なら作りたいです」

「わかった。じゃあ紹介したいやつがいる」

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