ダークエルフのビョルン

 俺たちは、災厄の塔へ戻ってきた。


「ギルドには寄らなくていいのか?」


 ビョルンは「いいんだよ」と返す。


「今はもうギルドすらまともに機能してないんだ。χに、この塔だろ? よくヒューコがもったもんだと思うよ」


 それだけ、ヒューコは混乱を極めていたらしい。


「少なくとも、エルトリの混乱を鎮めたのですが?」

「今はもっとヤバイことが起きているんだ。そっちを片付けたら、話くらいは聞いてもらえるかもな」


 今は、確認をしてくれる係員すらいない状態らしい。


χカイの残党狩り、災厄の塔の異変に、内乱だ。ここ最近のヒューコはてんてこ舞いなんだよ」


 なので、事態の収束をしてからでいいという。


「あなたはこの塔に、どういった要件で?」

「いやあ。単に、私用で通りかかっただけなんだ。オイラは、オッサンに助けてもらったんだよ。ソロでも、どうにかなるんだが」


 そこで俺たちは、まだ自己紹介すらしていなかったことを思い出す。

 ビョルンに、それぞれ名乗る。


「改めて。オイラはビョルンだ。『死の口づけのビョルン』ってんだ」


 再び、ビョルンはカーテシーを決めた。


「死の口づけ、マフィアなどの粛清を意味する言葉ですね?」

「そのとおり。オイラは、マフィアなんかとは絡んでないけどねっ」


 くせっ毛のショートヘアを振り、ビョルンは先頭を歩く。


「ごらんの通り、種族はダークエルフさ。レベルは六〇。職業は本業が【踊り子】、副業が【スカウト】だよっ」


 その組み合わせだと、上級職は……。


 しばらく歩いていると、また敵の気配が。


「右の方角から、三体ほど来ています」


 シーデーが、右方向を確認した。


 曲がり角からスケルトンが三体、姿を表す。前衛の二体は剣と盾を構えている。後衛の遺体は、アサルトライフルで武装していた。


 指マシンガンを構えようとする。


 だが、「待ってて」と、ビョルンが止めた。


「オイラの力を見せてやるよ」


 腰のポーチ型アイテムボックスからカードを取り出す。トランプのような形状の薄いカードが、ビョルンの魔力を吸った。ウニョウニョと音を立てて、カードからモンスターが出てくる。


「行け、『わたまり』。オイラたちを警備しろ」


 一体は、コボルドの女性だ。

 白いアフロヘアのツインテールを携えた、個性的なファッションである。

 手足首にも同様のモフモフがあり、プードルのようだ。

 アフロに包まれたグローブで、スケルトンの頭を殴っている。

 ボクシングの心得があるようで、相手の盾によるガードをすり抜けてアッパーで倒した。


 もう一体の魔物は、アルマジロだ。宙に浮いている。


「お前もだ。『まじろう』。ぶっとばせ」


 浮かびながら丸まって、スケルトンに体当たりをする。シールドを、スケルトンごと壊す。

 後方のスケルトンが、アルマジロに向けて射撃した。しかし、アルマジロは丸まったまま、銃弾を弾く。


 そのスキに、プードルのコボルドがパンチでスケルトンを砕いた。


 キュートな顔つきをしているのに、両魔物とも攻撃力が侮れない。


「【幻魔召喚】だな。するとお前は、【奇術師コンジャラー】か?」

「うん、そうだよ」


 またモンスターを操って、群がるスケルトンたちを殴り飛ばす。


「上級職だろうと思っていたが、召喚系の魔法使い職だったか」


 だとしたら、ソロでも大丈夫そうだ。


「なあなあ、【コンジャラー】って、なんだ?」


 トウコが、話しかけてきた。自分のビルドを覚えるのが精一杯で、トウコはハンタービルドについての知識がほとんどない。


 ハンターは職業もビルドもたくさんあるから、覚えていられないのは仕方がないのだが。


「手品師のことです。【アルカナ】というトランプのようなカードを使って、精霊型の魔物を呼び出して使役する魔法使いです。わたしやランバートが攻撃魔法主体なのに対し、支援魔法もこなします」


 トウコの質問に、サピィが答える。


「うちのユキオと違うのか?」

「幻の魔物なので、人を乗せて運んだりはできません。その代わり、敵に攻撃を通せます」


 乗ることができる召喚獣とは違い、こちらは攻撃・防御が可能だ。だから、ソロでも回れるのか。


「スカウトって、魔法も使えるのか?」

「使えます。シーフのような鍵開けや、トラップ解除を魔法で行うのですよ」

「ほえー」


 トウコは、感心した。


「オイラはスカウトもやっていたから、この道に一番詳しいんだ。ルエ・ゾンに、『内部の動乱について、確認してこい』って言われてさ」

「護衛もつけずに、探索をなさっていたのですか?」


 いくら幻魔召喚を持っているからといって、この塔をソロで攻略とは恐れ入る。


「そうさ。ヒューコの兵隊さんは、偉そうでキライだ。ハンターも利己的だもん」


 ヒューコに限らず、ハンターは二つの勢力に分かれていた。

 ダンジョンを攻略して、世界を安定させようとする『攻略勢』と、お宝にしか興味を示さない『トレハン勢』だ。


 おそらくビョルンは、前者にあたるのだろう。


「なにかといえば、『分け前よこせ!』さ。やんなっちゃうよ」


 彼がソロで活動する理由が、なんとなくわかった。


「たしか、この塔の推奨レベルは、一五から二〇だ。それにしては、やけに敵が強くなっていないか?」


 レベルは二〇でも、十分に達人レベルである。

 サピィのような魔王がいるから、錯覚してしまいそうだが。


「その原因を突き止めるために、オイラが呼ばれたのさ」


 ルエ・ゾンから、直接依頼を受けるほどだ。

 相当に腕が立つのだろう。

 こんな低レベルでさえ、生き延びたのだから。


「でなんだけどさ、すごい装備を持っているね?」

「フィーンド・ジュエルか」

「それそれ。ヒューコでも話題になっているんだ。トレハンするより買ったほうが強くなるじゃんってんで、トレハン勢の一部が乗り換えちゃった」


 そこまで、ジュエル装備は強いのか。

 本格的な感想などは聞いていなかったから、感覚がマヒしていた。

 もうレアアイテム掘りに勤しむ必要がないと思うと、うれしくもあり寂しくもある。


「なんでしたら、お分けしましょう」

「マジで? サンキュ! でも、いいのかい? 大事なモンだろ?」

「いえいえ。道案内のお礼ですよ」


 ビョルンはサピィから、拳銃を受けとった。


 試し撃ちとして、ビョルンは犬型の魔物【ヘルハウンド】を単独で相手にする。

 すばしっこい四足歩行の魔物を、いとも簡単に仕留めた。


「めっちゃ軽いな。おまけにすごい魔力だ。攻撃力が高いのに、出力は押さえられている。なんでもブッ飛ばせそうだ」

「一応、自分でも戦えるんだな?」

「ああ。護身用程度だけどね」


 護身術だけで、四〇匹もいたヘルハウンドは倒せないと思うが……。


「あ、そうだ。いただいてばかりじゃ悪いな」


 申し訳ないという気持ちになったのか、ビョルンはハンターカードを差し出す。買い取ろうとしたのだ。


「結構です。試作品ですから。あと、よろしければこちらも」


 体力増強効果のあるチョッキを、ビョルンは着た。

 トウコ用の余りである。

 他にも、ホルスター付きのベルトを身につけた。

 こちらは魔力回復の効果がある。


「マジでありがとう。道案内だけじゃ割に合わねえや。そうだなぁ、ヒマしてるノームがいるから、そいつに回してやってくれよ。あんたんとこの商品を買わせて、高値で売ってやらあ」

「ありがたいことです。ちょうど、店を探していたところでしたから」


 これで、商談成立だ。まさか、ヒューコでも商売のあてができるとは。


 それにしても、顔が広いな。ビョルンは。


「目標はすぐそこ……待って!」


 ビョルンが、物陰に隠れるように指示を出す。


「どうした?」

「スタンピードを起こした奴らが、ここを確かめに来た!」


 小声で、ビョルンが俺たちに伝えてきた。

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