ダークエルフと、かつての仲間

 改めて、俺はリックの顔を覗き込む。


 褐色スキンヘッドの男性は、息も絶え絶えに俺を見た。

 腕も足も、細身ながら逞しい。

 だが身につけているレアアイテムは、どれも損傷がひどかった。

 魔法で防弾コーティングされた布製バトルスーツは、食いちぎられたかのようにズタズタである。

 トレードマークだったソードオフのショットガンも、根本から折れてしまっていた。


「無事かリック?」

「久しぶりだな、ランバート。ザマアねえや」


 俺の声に反応して、リックが目を覚ます。彼はもう、片目が見えていない。


「オレなんて置いていけ。いい気味だろ、ランバート? お前をパーティから追い出したオレが、今じゃこんな――」

「トウコ、手伝え」


 弱音を吐くリックに構わず、俺は治療を始めた。


 トウコも悪態一つ漏らさずに、俺を手伝う。


「リック、敵は片付けた。もう大丈夫だ。帰るぞ」

「すまねえ。ホントに、すまねえ」

「トウコ、肩を貸せ」


 これ以上放置していては、本当にリックの目が見えなくなってしまう。早く運ばないと。


「敵影はありません。連れていきましょう」

「よーし。おーい、ユキオ」


 トウコが、召喚獣のバカでかいサモエド、【ユキオ】を喚び出す。


「コイツに乗れ」

「すまね……うぐ!」


 タイミングなんて関係なく、トウコはサモエドの背にリックを乗せた。


「詳しい話は、ダンジョンを出てからだかんなー。ランバートが許しても、アタシは許すかわかねー」

「ああ。心得ているさ」

「今は休むんだぞ、リック」


 トウコが、リックの尻を叩く。


「ところで、お前がリックをここまで運んでくれたのか。感謝する」

「ありがとうな。オイラ、ビョルンってんだ」


 ビョルンというダークエルフの格好は、中性的なビジュアルだった。


「スカート? 男性ですよね?」

「そうさ。スカートにもズボンにもなるんだ」


 得意げに、ダークエルフの少年はカーテシーを見せる。スカートの裾をつまんで、貴族風にあいさつする仕草だ。


「詳しい話は後だ。先にオッサンをギルドへ連れて帰ろう」


 治療のために基地へ戻ったあとで、再度潜ることにした。


 まずは、ヒューコへ連れて行かないと。



 ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ 


 

 ヒューコは通称、【迷宮都市】とも呼ばれている。

 ソーマタージ・オブ・シトロンが建てた【災厄の塔】によって、生計を立てているのだ。

 ハンターギルドのマスターであるルエ・ゾンが塔を管理し、ハンターたちの育成に励んでいる。


 この世界に湧いて出てきたモンスターの七割を一手に引き受けているだけに、ハンターの数も国の兵力も段違いである。

 その分、争いも絶えないが。


 ビョルンが俺たちを、治療センターへ誘導する。


「医者を連れてくる!」


 先にセンターへ向かったビョルンが、医者を連れてきた。


「ご無事ですか、リック!」


 治療センターから、続々と、ハンターたちが出てくる。リックの仲間だろうか。


 巨大なサモエドの上から、リックは手を挙げる。しかし、声は出せない様子だ。


 松葉杖を付きながら、ヒーラーらしき女性が俺たちに頭を下げる。


「どなたかは存じませんが、ありがとうございます」

「礼には及ばん。ただ、目をやられている。彼もガンスリンガーだろ? 目は大事だと思ってな。急いで帰ってきた」


 リックを、治療センターへ預けた。


 ストレッチャーに乗せられたリックが、手術室へ消えていく。手術中のランプが点灯した。


「後は、彼らに任せよう」


 長居は無用だ。俺たちは、去ろうとする。


「あなたも休んではいかがです、ランバート?」


 俺を気遣い、サピィが声をかけてきた。


「無用だ。俺にはこれがある」


 アイテムボックスを漁り、俺はお菓子の袋を開ける。

 甘みの強いエナジーバーを口へ運ぶ。


「回復ポーションをそのままで飲めないとか、ランバートは相変わらず舌がおこちゃまだな」

「お前にだけは言われたくないっ。トウコだって、ポーションを飲めないだろうがっ」

「今はサドラーの助けもあって、ポーションがおいしくなってるだろうが」

「ヒューコまでは、普及してないんだよ」


 トウコにツッコまれ、俺も反論する。


「身体を休めとけよ、ランバート。強くなるのに、急ぐことはないぞ」

「わかってる。俺は強くなりたいとかじゃない」


 はじめは強くなることに躍起になっていたが、今は落ち着いていた。

 自分でどこまでできるのか、試したい欲が勝っている。


「トウコさんの言うとおりです。そんな付け焼き刃な治療法では、完全には回復しませんよ。フィーンド・ジュエルだって、万能ではないのですよ?」

「ダンジョンの異変を突き止めるのが、先だ。俺の治療なんて、後でいい」


 俺は、お菓子とポーションを飲み干す。


 治療センターを出ようとしたときだ。


「待って!」


 さっきのプリーストが、俺たちを呼び止めた。

 松葉杖を付きながら、こちらへ近づいてくる。


「傷がまだ、癒えないんだな?」

「ええ。コボルドの銃弾が足に入ってしまって」


 急激に治癒魔法を施すと、弾が体内に残ると言われたという。


「本当にありがとうございました。彼は、リックは私たちを逃がすために、単身ダンジョンに残ったのです。リーダーとして」


 どうやらリックは、彼女たちハンターグループをまとめていたらしい。


「リックはどうして、この塔にいたんだ?」

「テレポートされた先が、ここだったそうです」


 俺は、トウコと目配せする。


 たしか、トウコがジェンマ・ダミアーニとの戦闘を回避しようと、わざと宝箱のトラップを作動させたと言っていた。それに関係があったとは。


「飛んできた時点で疲労困憊だったこともあり、リックはこの塔でアイテムを掘ることに決めたそうです」


 その後、彼女たちのリーダーとして再出発をしたという。


「いったい、何があったんだ?」

「スタンピードです」


 何らかの理由で魔物たちが大発生するという、ダンジョン特有の現象だ。


「またですか」


 僧侶が語った後、サピィがため息をつく。


 俺たちも故郷のアイレーナで、何度か遭遇している。スタンピードの原因は、χカイという秘密結社のせいだったはずだ。


「χは倒したはずだ。どうしてまだスタンピードなんて?」

「それが、洞窟で奇妙な石のモニュメントを発見しまして」


 俺たちは、互いに顔を見合わせる。


 やはりだ。アイレーナと同じ状態が、災厄の塔でも起きているに違いない。


「どうしてだ? χは……あのモニュメントをダンジョンに設置していた組織は、ヒューコの手で倒されたって聞いたぞ」

「χって、ダークギルドのことですよね? 彼らは、災厄の塔からやってきた闇組織です」

「なんだと!?」

「実は、災厄の塔は数ヶ月前から、奇妙なことが起こっているのです」


 なんでも以前から、塔の上空を黒雲が覆うようになったという。


 それ以来、塔に逃げ込んだ犯罪者やハンター崩れたちが、徒党を組み始めたという。


「彼らは前から、野党まがいのことをして食いつないでいたのです。それが、急に組織化するようになって。ギルマスは、塔で何が起きているのかの調査を、私たちハンター全員に依頼したのです」


 そこまで情報がありながら、俺たちには行き渡っていない。

 ヒューコのギルドは、俺たちを信用していないのだろう。


「わかった。情報、感謝する」


 続いて、ビョルンに問いかける。

 彼は、ロビーで紙コップのコーヒーを飲んでいた。


「引き続きすまんが、情報をくれ」 

「話は聞いたぜ。奇妙な石までなら、道案内できる」


 ビョルンは、立ち上がる。


「よし。ルートを教えてくれ」

「いいぜ。ただし条件がある」

「なんだ? 金なら多少は出せる」


 ビョルンは首を振った。「いらないっての」と。


「では、何が望みだ?」

「オイラも、連れて行ってくれ」

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