第三部 災厄の塔に棲む堕天使

3-1 塔を支配した堕天使を、殴りに行きます

ヒューコの塔

 ヒューコが誇る最難関ダンジョンの中で、俺は猛然と刀を振り回す。


 敵は、ダンジョン内を埋め尽くすコボルドやミノタウロスだ。

 普段ならどうとでもなる敵である。が、このダンジョン内ではあんなザコでさえ油断できない。


「おらああああ!」


 俺は群がる魔物を蹴散らしていく。


 それにしても、ヒューコ名物【災厄の塔】は相変わらずだ。


 塔と言っても、内部はカオス極まる。下階は森となっていて、鉄骨などのガレキがひしめく建造物だ。


 魔物の数が多く、力も強い。


 他所のダンジョンでボスとして君臨するミノタウロスなどが、普通に森を歩いていたりするのだ。


 この建物は魔界と近い。魔物も本来の姿や力を、取り戻しつつあるのだろう。


 見た目はただの高層ホテルだ。しかし、その本性は魔窟である。

 一階にこそ、ヒューコのハンターギルドやショップが並ぶ。

 上の階以降は、すべて魔物のはびこるフロアだ。


「サムライとしての戦い方やスキルを覚える、絶好の相手だな!」

「ですね、ランバート!」


 俺はあえて魔法を使わず、フィーンド・ジュエルの装備にも頼らない。

 自身の身体能力だけで、ミノタウロスと対峙する。


「おらあ!」


 頼りないながらも、深くミノタウロスのノドへ切り込んだ。


 しかし、浅い。ミノタウロスは、まったく意に介さなかった。


 反撃の斧が振り下ろされる。オーガの数倍はあろう腕で、巨大な斧を俺に叩き込んできた。


「うおらあああ!」


 俺は、刀を水平に構えて、斧を防ぐ。


 コナツが作った打刀には、傷一つ付いていない。


 しかし、どれだけ武器が素晴らしくても、使い手が強くならなければ。


「いけません、ランバート!」


 サピィが、加勢しようとする。手に魔力を集め、火球を作り出す。


「ダメよサピィ。ヒューコに向かう前に決めたでしょ? 移動は、ランバートの特訓も兼ねるって」


 女君主ローデスのフェリシアが、サピィの手首を掴む。


 そう。俺は実戦のトレーニングを積んでいた。

 筋力をつけるため、前衛でも剣を振るえる反射神経を養うために。

 でなければ、ヒューコでも足を引っ張ってしまう。


 訓練も兼ねているのだ。ヒューコ現地で鍛錬していては、とても生き残れない。


「雑魚は任せておけ、ランバート! お前は、強くなれるぞ!」


 群がるコボルドをロッドで叩き伏せながら、ドワーフのトウコが俺を応援した。


「しかし、いくらなんでも初陣でミノタウロス相手なんて無茶です! もっと手頃な敵がいるでしょう!?」


 わかっている。しかも、コイツはミノタウロスでも亜種だ。

 なんらかのパワーを受けて、強化されている。

 ヒューコは特に魔物が強い。

 それも、ヒューコを長年悩ませているダンジョンのせいなのだが。


「こんな無茶でもしないと、この先誰にも勝てない!」


 俺は、自分の力不足を痛感している。


 せっかく最強クラスのジュエルを手に入れて、強くなったと思い込んでいた。

 しかし実際は、武器をコントロールできずにいる。

 もう一度戦闘要塞ヴァスキーを切り裂いた技を出せと言われても、できない。


 あのとき、俺はどうやってヴァスキーを倒した? サドラーの王女ヒルデが襲われたときに、ビルを溶かしたことだってある。


 無我夢中だったので、思い出せない。


 俺のどこに、そんなパワーがあるのか。


 あるいは、何から何までジュエルに頼り切っていたがゆえの副作用なのかもしれなかった。


 俺自身、どこまでやれるのか試す。


「そうではなくて、筋力に頼らないでくださいと言っているのです」


 どういうことだ? サムライなら、筋力は必要なはずだ。


「あなたもサムライなら、その力はどこから来ているかわかっているはずです。筋肉から繰り出されているわけではないと」

「筋肉だけが、すべてではないと?」

「ええ。力の弱いエルフだって、サムライになれるのです。あのジェンマも、力だけで剣を振り回しているわけではありませんでした」


 ジェンマ・ダミアーニは、サピィと友人だった魔王デーモンロードだ。

 呪われた装備「オミナス」にとらわれ、命を失ってしまったが。


「そうか。魔力を流し込んでもいいんだな?」

「いかにも。魔力で戦うのは恥ではありません。筋肉は、あくまでも魔力を送り込む補助です。ジュエルに頼らないのは結構。しかし、サムライの真髄は魔力にあります」


 なるほど。どうしてサムライが魔法使いを派生するのか、ようやくわかった気がする。


 そうとわかれば。


「おらっ!」


 全身の魔力をみなぎらせ、ミノタウロスを軽く弾き飛ばす。


 圧倒できると思っていたのか、ミノタウロスは俺の変貌ぶりに恐れをなしていた。


「本当の恐怖を味わうのは、これからだ」


 俺は、ミノタウロスに向けて殺気を放つ。


 脅威を感じたのだろう。ミノタウロスが斧で横一線を繰り出した。


 刀を片手だけで持って、俺は敵の斧を受け流す。そのまま上空へ跳躍し、ピタリと止まる。


「おらああ!」


 空気を蹴って、俺は魔物の真下に落下する。

 同時に、縦一文字でミノタウロスを切り捨てた。


 ジュエルを吐き出し、ミノタウロスは絶命する。


「お見事でした。ランバート。サムライのコツは掴めそうですね」

「ああ。ありがとうサピィ。キミの助言がなかったら、腕力をあげなければと躍起になっていた」

「いえ。あなたのポテンシャルは、我々魔族でさえ未知数です。人間かどうかすら、わたしには判別できませんよ」

「ウワサには聞いていましたが、これほどとは」


 ヒューコは、特に魔物との激戦区である。


 というのも、世界の崩壊はヒューコから始まったからだ。


 かつて、電力に変わる新たなエネルギーを求めて、人類は魔界の門を開いた。

 しかし、魔物の力を侮っていたため、文明がほぼ崩壊する。

 その始まりは、ヒューコなのだ。


 エルフの最高位「ソーマタージ・オブ・シトロン」は、世界中からガレキを集めて一晩で塔を建設した。

 自分のほぼすべての魔力を用いて。

 世界中に溢れた魔物の七〇%を、自作の塔へ押し込める。


 ヒューコに建設されたこの巨大タワーは、【災厄の塔】と呼ばれてハンターたちのトレーニング場となっていた。


「俺もガキの頃、友人のクリムと一緒に塔へ潜ったよ。そのときは、クリムの親父さんと一緒だった」


 俺がハンターとしてやっていけるのも、クリムの父親に育ててもらったからである。


 本来、こういう魔物たちを退治して世界を守るのが、俺たちハンターの仕事だ。


 しかし、多くのハンターたちはトレジャーハントに夢中である。そのせいで、都市機能は一部の地域を除いて今だ機能不全に陥っていた。


 ひどいハンターは、災厄の塔を根城にして自己の利益のみに動く野盗に成り果てている。


 現在はエルフ族の王、ルエ・ゾン・ウセが、ハンターたちを管理しているのだ。


「ルエ・ゾンに会うためには、力を認めてもらわないとな」


 ハンターギルドのリーダーであるルエ・ゾンは人と関わりを持とうと思わない。


 コナツの友人だと言っても、門前払いを食らった。偏屈だと聞いていたが、これまでとは。


「なんなのっ、あの親玉の態度! 見つけたら、ぶっとばしてやるわ!」

「落ち着け、フェリシア」

「よく落ち着いていられるわね!」


 フェリシアが、俺の腕を振りほどく。


「ランバートの強さは、あたしが一番よく知っているわ」

「わたしの方が、詳しいです」


 なぜか、サピィがフェリシアと競い出す。


「いいえ。サドラーだけではなくエルトリまで救う手助けをしてくれたのよ。あの剣を扱えるようになったら、もう無敵だわ」

「ええ。その前だって、わたしはジェンマの魂を救っていただきました。本当の敵にトドメまでさしてもらっています」

「ほらぁ。誰もランバートの強さを否定する人なんて、少なくともあたしたちの間にはいないわ」

「同感です」


 一触即発になりかけたが、どうにか収まったようである。 


「依頼をこなしたら、会ってやるといっていたじゃないか」

「えっと、『流通ルートを確保しろ』だったかしら?」


 ハンターギルドが手狭になったので、領地を拡大したいらしい。


 しかし、並のハンターたちでは手出しできないという。


「お待ちを、あちらに魔物以外の生体反応が」


 フォート族という機械の体を持つ老人、シーデーが、向こう側を指差す。


 一人のダークエルフが、モンスターに囲まれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る