喪服の魔王

 翌朝。

 アイレーナの街にある工房兼アジトにて、サピィが喪服姿になった。


「ではランバート、行ってきます」


 ジェンマの葬儀に行くため、サピィは魔王ダミアーニの城へ向かうのである。


「ペールディネで、買っておいてよかったです。まさか、こんなに早く必要になるなんて」


 落ち着いたデザインの喪服をつまみながら、サピィは苦笑した。


「一人で大丈夫か?」

「シーデーがいますから」


 話を振られて、シーデーも会釈をする。


「それでも、行くところは完全なアウェーだろー?」


 トウコが立ち上がった。


 敵の本拠地へ行くようなものだ。サピィだけでは、心細いのではないだろうか。


「ありがとうございます。しかし、あそこへは魔物だけで行ったほうがいいのです。人間を連れて行ったほうが、かえって彼ら魔族は不快に思うでしょう」

「そうなのかー?」

「彼らにとっては、理屈ではないのです。そういうものだとご理解ください」


 さすがにトウコも、「なら仕方ないなー」とあきらめるしかない。


「わたしの参列だって、ダミアーニ卿のご厚意によってです。本来なら、魔族のテリトリーに足を踏み入れること自体、魔物にとってはタブーなのですから」


 彼女たちのような「魔物から魔王になった存在」は、魔族たちからは

「ビヨンド・オブ・ワースト」との蔑称が付けられている。「下等生物が成り上がった」という意味だ。


 多くの魔族が、彼ら魔物型魔王を認めていない。


 ダミアーニ卿は、先代落涙公と親しかったくらい、魔物に理解がある。


「おそらく、話したいことがあるのでしょう。ならば、わたしだけで行ったほうがよいかと」

「わかった」

「それにランバート、トウコさん、あなた方にだって用事があるでしょうし」

「うむ」


 俺は、王族に呼ばれている。


 サピィの言いたいことはわかった。

 モンスターである自分が、人間の領域に入り込むことのリスクを考えてくれているのだ。ならば、避けたほうがいいと。


「いくらモンスターだからってさ、サピィはペールディネを救ってくれたじゃん。王様だって、わかってくれるんじゃないのかー?」

「そうだ。国王も、サピィと話がしたいかも知れない」


 俺もトウコも、説得を試みた。


 しかし、サピィは首を振る。


「王様はそう思っている可能性はあります。しかし、他の方はいい気がしないでしょう」


 サピィの立場を考えると、そう判断するのが妥当か。


「わかった。国王からは、サピィに危害を加えないように話しておく」

「よろしくお願いします。ですが、もし国王がわたしを危険視するようなら、わたしのことなど切り捨ててください。わたしとは無関係だと。いやいや付き添っ――」

「サピィ、それ以上言うな」

「……っ!」


 俺は、サピィの自虐を黙らせる。


「サピィだから、俺はキミに付いてきたんだ。トウコだって同じだ。俺は、キミを助けたいって思ったから助けた。俺だって助かっているんだ。俺には、サピィを切り捨てるなんて発想はない」

「そうそう。ランバートと同じ意見だなー」


 トウコが「へへん」と鼻をかいた。


「人間が、敵になるかも知れないのですよ?」

「俺は、サピィの味方だ。人類とか、魔族とか魔物とか、よくわからない」

「ランバート!」

「誰がとう言おうと、俺はサピィの側につく。何があってもだ」


 腕を組みながら、トウコも俺に賛同する。


「お嬢、あなたの負けですな」


 シーデーがトドメをさす。


「わかりました。ありがとう、ランバート。あなたが味方でよかった。実は、ことの次第ではあなたから離れようかとさえ思いました」

「そうだったのか」

「事が、大きくなりすぎています」


 呪いの武具【オミナス】が、自分の意志を持って活動を始めた。これは、魔族からすると脅威である。


 俺たちにまで危害が及ぶのではと、サピィは懸念していたのだ。


「だったらなおさら、俺たちはサピィの手助けをしたい」

「そうですか。ありがとう」

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