最強の傭兵の素顔

 牢獄には、一人の痩せた男が鎖に繋がれている。


「お前は、デーニッツ!」


 放つ瘴気で、彼が何者かわかった。


「ほほう。我を見破るとは」


 痩せた大男は、こちらを見るとニタリと笑う。


 窓から光が差し込み、デーニッツの顔が正確に浮かんだ。


 大男デーニッツは、グレースの夫とそっくりだったのである。


「そうか。こいつはあんたの……」

「はい。私の父です。彼の本名は、カーステン・ブロホヴィッツ。私は、彼の息子でカミルと言います」


 グレースの夫の顔にシワを書いたら、ちょうどデーニッツになる。


「ハンターの父が、私は好きではありませんでした。父のようになりたくなくて、自力でコックの職を得ました」


 とはいえ、このご時世で店を構えるのは難しい。しかし、突然に開業の話が舞い込んできたという。


「私の開業資金を出してくれたのは、父でした」

「あんたの父親は、行方不明だったはずでは?」


 グレースの夫カミルはうなずく。


「しかし、ハンターの父からあんな大金が流れてきたので、何事かと思っていました。だから、ずっと調査してもらっていたんです。まさか闇ギルドで働いていたとは」


 しかし、もう戦うこともできないだろうとのこと。腕を治療しても、同じなのだとか。


 変わり果てた姿になってなお、とうのデーニッツは涼しい顔をしている。


「ヌハハ、最期に最強のハンターと渡り合えて、光栄なり。いつ死んでも構わん」

「息子と余生を贈ろうなどとは、考えないのか?

「自立できた段階で、我の息子は死んだ」


 皮肉を込めたような様子で、デーニッツは笑う。時々、彼は咳き込んだ。もう限界だったのだろう。


「見よ。身体がこんなにみるみる衰えて」


 あれだけ屈強だったデーニッツの豪腕が、見る影もない。ただの枯れ木のようになっていた。


「肉体が、元の年齢に達してしもうたのだ。満足したのだよ、我は。ただの父親として生きるのではなく、孤高のハンターとして死を迎えられる。こんなんも嬉しいことはないのだ」


 デーニッツは、まったく後悔はしていない。むしろ、清々しささえ感じた。


「若さゆえの戯れで、我は人の娘と子を設けた。しかし、我はやはりハンターとしての道を捨てきれなんだ。我が求めるのは永遠に血の流れる世界」

「それで、闇ハンターになったんだな?」


 人間としての生き方は、彼にはかくも窮屈すぎたのか。


「お前は多くの人命を奪った。極刑は免れない。それでも、俺はあんたを心底憎みきれない」


 グレースを救ってもらった恩もある。


「気遣いなど無用。我の手は、血に染まりすぎた。ここが終着駅だったのだ。最強のハンターよ」

「最強はクリムだ。あいつに比べたら俺は」


 しかし、デーニッツは首を振った。


「お主のポテンシャル、相対して見届けさせてもらった。お主ならば、あるいは。だが、犠牲は大きいだろう。一生、ハンターの道からは逃れられん。いずれ、お主も血の川に足をつけることとなろう」


 闇ハンターに、俺が?


「俺は、あんたのようにはならない」

「フフウ、どうかな? グホオ!」


 デーニッツが、血を吐く。


「父さん!」

「……っ!!」


 視線だけで、デーニッツは息子を制する。


 その瞳は、父親らしさが浮かんでいた。


「お主にも、いずれわかるだろう。この熱情は、抗い難く。お主が捨てたくとも、ハンターとしての生き方がお主を縛り付ける。お主の父親のように!」


 デーニッツの咳が、更に激しくなった。


「父を知っているのか? 教えてくれ!」

「我は、お主の父を止めたハンターの一人」


 そのとき既に、デーニッツは子を設けていたという。この仕事を経て、引退を考えていたらしい。


 しかし、父の壮絶な戦いを見て、圧倒された。再び、ハンターとして後が再燃してしまったのだと。


「あんな戦いを見せられては、我の血も騒ぐというもの。今行くぞ、オミナスに囚われたサムライよ。そして今度こそ、決着を――」


 そこまで言い残して、デーニッツは死んだ。

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