ダミアーニ卿

「ジェンマ!」


 サピィが、ジェンマを抱きしめる。


『おのれ、かくなる上は!』


 杖の女が形を変えて、一本の剣へと変化した。

 居合もなにもない。

 やはり使い手がいなければ、満足する技は使えないらしい。

 サピィたちに向けて、乱暴に突撃する。


「死ぬのはお前だ。おらあああ!」


 スキル:秘宝殺しを、俺は発動させた。


『発動前に、殺してくれるわぁ!』


 オミナスの杖の先端が、眼前に。


 サブクラス:サムライの反応速度で、どうにか直撃を避けた。


 杖の先が、俺の頬をかすめる。わずかに、血が流れた。


『グハハハ。安心せい。貴様を乗っ取れば、秘宝殺しなど恐るるに……がああ!?』


 勝ち誇っていた杖に、ヒビが入る。

 剣のような形状にしていた姿が、またたく間にボロボロの状態に。


『な、こやつ、『全身が秘宝殺し』だと!?』


 俺の血は、杖さえも侵食し始めている。今が勝機だ。


「秘宝殺し……雷斬!」


 光刃での一撃をオミナスの杖に見舞った。

 凶悪なオミナスを、俺は一刀のもとに付す。


『なあああああっ!』


 オミナスの杖が真っ二つに。半分は変色し、瘴気は霧散していく。


 ジェンマが、杖の戦闘力を削ってくれたおかげだ。


「やったぞ、サピ……」


 しかし、その代償は大きかった。


 サピィはジェンマを抱きしめながら、ずっとうつむいている。




 ジェンマが事切れているのが、俺にもわかった。




 彼女は最後の最後で正気を取り戻し、俺に手を貸してくれたのだろう。

 サピィの友として。


『我の、魔族への復讐は、ここで潰えるのか!』


 オミナスが、起き上がる。

 半分にされてもなお、オミナスの怨念は残っていた。

 だが、それも時間の問題だが。


「お前の負けだ!」

『うるさい! まだ致命傷は負っていない。いいいいいいいまに……』


 次の瞬間、彗星のような魔力がオミナスの頭上に降ってきた。


 魔力の塊は、落下と同時に拳を叩き込む。

 丸太のような腕から繰り出された男の拳は、杖を砕いた。


「あれは、魔族か」


 魔族なんて言葉では形容できない魔力である。


「やっと見つけたぞ。娘の身体を乗っ取ったクソヤロウ」

『な、あ……きさまは……』


 攻撃を受けた杖は、灰色の砂となって消える。


 俺は、男の姿を改めた。

 この男の姿を視認することを、さっきまで目が拒んでいた。

 それだけ、相手は異様な魔力の塊と言えた。


 男の身体が、はっきりと輪郭を表す。


 逆だった銀色の髪に、灰色の肌。

 筋肉質の身体を、上質な素材の衣装と黒いマントで包む。

 

 デーモンロード、という言葉さえ幼稚に思えるほど、男の魔力は凄まじい。


 この場にいる誰も、彼には勝てないだろう。

 ただ、顔立ちはわずかに、ジェンマの面影がある。


「すまぬがサピロス嬢、ジェンマを」


 俺には目もくれず、大きな男はサピィにジェンマの亡骸を引き渡せという。


 サピィはなんの抵抗も示さず、ジェンマを差し出す。


「今は時が惜しい。サピロス殿、また時が来ればいずれ詳しく話そう」


 一瞬、俺を見た。


「秘宝殺しよ。オミナスの破壊、感謝する」


 早口でまくし立てた後、男性はジェンマを抱きかかえて飛び去ってしまった。


「今の男は?」

「魔王、ダミアーニ卿。父の友人であり、魔族の王です」

 

 あの男性が、ジェンマの父たる【魔王 ダミアーニ】だったとは。


 ジェンマのいなくなった空を、サピィはずっと見上げていた。


「サピィ。大丈夫か?」

「ええ。ありがとう」


 生返事という感じで、サピィは応答する。


 ジェンマは、悪人でなかった。ただ、操られていただけ。


 それでも、彼女はサピィの父親を殺している。



 俺は、どう声をかけていいのかわからない。



「おーい、ランバート!」


 トウコが、こちらまで走ってくる。


「手を貸してくれー」

「わかった。すぐに向かう」


 避難所が、大変なのだろう。


 この事件は、俺たちだけの問題じゃない。

 もっと想像以上の被害が出ている。


「サピィ、キミの力が必要だ。頼めるか?」

「はい。お供します」

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