アーク・デーモン

「やれやれ。力を失ったかと思えば、いつの間にここまで。だが、それもムダな努力というもの。我々の壮大な計画を、止めるには至らない!」


 孤立したというのに、やけに強気なのが気になった。


「いいでしょう。この寂しいエリアで、誰にも知られず死んでいくがよろしい。それこそ、ジェンマ様の望むこと!」


 マンティダエの肉体が、数倍に膨れ上がる。

 複数の腕も、筋肉質のそれに変わった。

 上半身だけが異様に膨張した、首のないカマキリへと変貌を遂げる。


「この魔力は、アーク・デーモンクラス!」


 魔族の中でも、魔王に次ぐ実力を持つというモンスターだ。


 本来アークデーモンは、ダンジョンではめったに見られない。

 だが、遭遇したらまず生きて帰れないという逸話で有名だ。

 

 総合的な能力で言えば、レッサーデーモンなど比較にさえならない。

 グレーター・デーモンクラスのアラクネ・クイーンより強いだろう。


「おらああ!」


 イクリプスを振り回す。


 ディメンション・セイバーは確実に、アーク・デーモンを切り裂いたはずだった。


 だが、分厚い甲殻に傷一つ付けられない。

 レッサーデーモンすら両断するほどの威力を持つまでに、パワーアップしているのに、だ。


「ムダです。人間にこのワタシを傷つけることなど、できはしない」


 腹から、昆虫の顔が飛び出す。あれが頭部か。攻撃を弾き返し、こちらを見下している。


「その割に、スキだらけってね!」


 相手の首筋めがけ、トウコが蹴りを食らわせた。


 それでさえ、片腕を犠牲にして止める。六本ある腕の一本が、トウコを叩き落とした。


 受け身をとって持ちこたえるが、トウコは相手のテリトリーからの離脱を余儀なくされる。


「うわ。また腕が生えてきた。キモ!」


 トウコのいうとおり、破壊されたはずの腕がマンティダエの肩から伸びた。


「効いていない?」

「いいえ。相当に負傷しています。異常な回復力で、再生しているだけで」


 相手の再生が途切れるまで切り刻めば、おそらく勝てる。

 しかし、そこまでこちらの魔力がもたないだろうとサピィは分析した。


「人間ごときが、ワタシら魔族に勝とうなどと」

「アナタは、人間の底力を知らない」

「なんと? 魔族の王女であるあなたが、人間の可能性を語りますか。さすが、泣き虫公爵と揶揄されるだけはありますな」


 マンティダエが、サピィの理論をあざ笑う。


「たしかに、我々魔族の動きが鈍い。あなたが関係しているのはわかっていましたが、いかんせん規模が大きすぎました。その人間に、なにか秘密があるのでしょうな。とはいえ、それも些細なこと」


 フォート族の魔術師が、首を振る。


「サピロス王女、今のアナタはアーク・デーモンにすら劣る。ワタシの敵ではありません。おとなしく命を差し出しなさい。さすれば、彼らの命は助けて差し上げましょう」


 サピィが一瞬、俺たちの方へ顔を向けた。


「もし歯向かうと言うなら、この手で捻り潰して差し上げます。トゲだらけの手に締め付けられながら、悶え苦しみなさい。だがご安心を、我がコレクションに加えて差し上げましょう」


 人間の頭にあたる部分を覆うフードを取る。


「ひえええ」


 トウコが、大げさに身震いした。


 マンティダエの頭部には、人間やエルフ、フォート族などの生首が複数ついている。

 よく見ると、腕や足も種族がそれぞれ違った。


「ワタシは、戦った相手の優れた部分を取り込んで自分の一部として取り込みます。もはや、元の姿すら忘れてしまいましたなぁ。アヒヒヒヒヒィ!」


 マンティダエに合わせて、生首たちが一斉に笑う。


「きめえ」

「気味悪がっても結構。それは我が誇りです」


 どこまでも、悪趣味な奴だ。


「さて王女、これでもワタシに逆らいますかな? ならば、容赦いたしません」

「では、お試しなさいませ」


 凶悪なデーモン・マンティダエの前に、サピィは単身向かっていった。

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