禍宝 テン・リュー

「そっちの方が危ないぞ。俺も一緒に行く」


 俺が言うと、サピィは首を振った。


「あなたには、落涙公の本気を見せたくないので」


 どうやら、サピィは相当に怒っているように見える。


「ジェンマの配下たるデーモンが、群がっているのです。見過ごせません」

「わかった。だが、何があっても俺たちは一緒だ」


 サピィの顔に、困惑した表情が浮かぶ。「どうしてわかってくれないのか」といいたげな様子だ。


「どうして……」

「お前が仲間だからだ」


 驚いた顔を見せた。


「たったそれだけの理由でついてくるのか、って思っているだろ? だがな。お前についていくなら十分すぎる。なあ、トウコ?」

「そうだぞ。あたしたちは友だちだからな」


 トウコも、譲らない。


「お嬢、ここは、あなたの負けですな」

 

 渋い顔をした後、サピィはすぐに微笑む。


「はい。では、ついてきてください。ただし、何が出てきても知りませんよ?」


 サピィが、先を促す。


 ファミリアを浮かべて、電灯のついていない道を進む。


 思えば、こんなに長くセグメント系ダンジョンに潜ったのは、初めてかも知れない。


 非常通路のような螺旋階段を、俺たちはひたすら降りていった。


「敵がいないな」

「さっきのクエレブレで、打ち止めのようですね」


 もっと大量にデーモンがいると思っていたが。


「どうして、この奥が怪しいと?」

「デーモンの動きが、実に妙でした」


 階段をゆっくりと降りながら、サピィは告げる。


 なにも、デーモンは夜行性ではない。

 その気になれば、いつでも街を襲うことだってできたはず。

 しかし、襲撃はモンスターに任せきりだった。


「考えられることは一つです。彼らは、何かを守っている」

「例の呪われた岩か?」

「あれは、召喚装置に過ぎません。それよりもはるかに、触れてもらいたくないものが、この先にいます」


 サピィは、ペールディネへの道へは向かわない。途中の道へ。


「ここが、終点のようですね」


 表面がパイプに覆われた、扉の前に立つ。扉は、とてつもなく大きい。巨人でも眠っているかのようだ。


「これは、我が開けます」


 シーデーが、コンソールを操作した。


 人間の腕では決して開かなそうな扉が、自動的に横へスライドしていく。


 だだっ広い無機質な空間が、目の前に広がっているだけ。


「来るぞ!」


 俺は身構えた。


 しかし、何も出てこない。



 あるのは、血まみれのフルプレートメイルだけ。

 首のカブトがないのが、より奇っ怪さを際立たせる。



 その周辺には、レッサーデーモンの死体が大量に横たわっていた。


「俺が、レアアイテムを見つけるだと?」


 サピィがすぐに、「違います」と訂正する。


「あれは、【禍宝オミナス】の【テン・リュー】!? こんなものが、どうしてこの世界に!」


 テン・リューというヨロイは、アーマーの近代化が進んでいる時代には不釣り合いなほど、前時代的造りだった。

 腕や脚の部分に、悪趣味で不気味な装飾が施されている。

 生き物の皮を、金属板の上に直接貼り付けたかのような異様さである。


「なんだそのヨロイは? 初めて聞いたぞ」

「正式名称は、【Temperance節度を Rew巻き戻す】と言います」


 節度を守らせるために何度も世界をやり直させる、という意味合いだという。


「レアリティは、アーティファクトと対をなす、【オミナス】です」


 不吉オミナス、その言葉を聞いて、俺は緊張が走る。


 俺の父が暴走した剣も、オミナスだったのだ。


 このヨロイを調べれば、父が暴走した謎が解けるかも知れない。


 この世界のヨロイではない。魔界で製造された。しかし、あまりにも強力過ぎる上に、装着したものを殺すと言われている。


「極めてアーティファクトに近い力を持つレジェンダリで、幻のヨロイです。その力は、【チョーシュー】や【ムトー】に匹敵します」


「どうする?」


「もちろん、破壊します」


 サピィが、ヨロイに一歩近づく。


「そうは参りませんな」



 シーデーのものではない、フォート族独特の機械的な声がした。

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