魔王さえ恐れる人間の業

 湯上がりに、サピィの部屋でくつろぐ。トウコは今夜、サピィと寝るという。


「お待ちしておりました、みなさん。冷たいお茶をどうぞ」


 シーデーが、冷えたアイスコーヒーを用意してくれていた。

 彼も風呂に入れたらいいのだが、湯船に浸かると油が浮いてしまうらしい。

 コナツの手によって、洗車用の装置で洗ってもらったというが。


「えっと? フォート族の……」


 トウコが名前を失念していると、シーデーが腰を折った。


「サピィお嬢様の使用人で、シーデーといいます。お見知りおきを」

「すっげえ。相棒がフォート族とか、どんな貴族だ?」


 俺は、サピィの素性を明かす。


「ほえー魔王かー。まあいいや。みんなよろしくな!」


 トウコはニカっと笑う。


「私は魔物ですよ。あなたの神が示す戒律に背くのでは?」

「追われてるんだろ? そっちを助けないほうが神の意志に背くぞー」


 モンクとはいえ、トウコは聖職者によくある魔物や魔族への偏見がない。相手の行動から、善悪を判断するという。


 ならば、パーティに危害を及ぼしたジェンマを敵と見なしたに違いない。 

 

「さて、次の目的は、デーニッツの打倒だな」


 俺はファミリアを呼び出し、氷の魔法使用を指示する。冷たい風が、俺の身体から熱を取り去った。ファミリアは簡単な魔法なら、セットすることができる。


「あの二人、ランバートの仲間には……入らなかったな」


 先日のワーキャットと女ドワーフのことを、トウコはつぶやく。


 それはそうだろう。俺はレアをドロップしない疫病神だ。仲間になったとしても、いずれは破産してしまう。


「でも安心していいぞ。あたしが新たに仲間になってやるから」


 トウコが、平べったい胸を張る。


「本当に俺と組んでくれるのか、トウコは?」


 あの二人が、俺を裂けているくらいだ。さらにレベルの高いトウコが、俺なんか相手にするのだろうか。そんな不安がよぎる。


「何を言っているんだ? また友だちと組んで戦えるって、楽しみにしているんだぞ!」


 ニカっと、トウコが笑った。


 それだけで、俺は救われた気持ちになる。


「あたしは元々、ランバートの離脱に反対だったんだぞ?」

「そうだったのか」

「うん。あたしは装備品に興味がないしな」


 トウコは、回復魔法使い寄りの武道家だ。装備品に恵まれなくても、体術で相手の攻撃をしのげる。

 俺がクズドロップだったとしても、彼女だけは一切文句を言わなかった。


「相手は手強いぞ」

「なんぼのもんだってんだ。父ちゃんががんばってるんだ。あたしだって」


 手の指を鳴らしながら、トウコも息巻く。


 コイツもハンターなんだ。


「改めて、よろしくなサピィ!」


「はい」笑顔をみせて、サピィがトウコと握手をかわす。


「そこで聞きたい。サピィ、トウコ。デーニッツと戦って、俺は勝てると思うか?」


「うーん」と、トウコはうなった。


「あたしには判断しかねるな。第一、そのデーニッツとかいうやつに会ったことがない」


 それもそうか。


「サピィはどう思う?」

「難しいかと」


 相手は人間とはいえ、レアのマジックアイテムで固めた強敵だ。生半可な技や魔法が通じるとは思えない。


「正直な話、私でさえあの男に勝てる自信がありません」

「魔王でも、手強いと?」

「彼の力は、想像を絶します。何か凶悪な制約で、己を強化している気配を感じました」


 落涙公と呼ばれたサピィでさえ戦慄する、とてつもない縛り、か。


「明日は早い。デーニッツと戦うなら、まだジュエルも足りないだろう」


 俺は、コーヒーを一気に煽る。


 装備の素材もほしい。デーニッツがギルドに補足されるまで、ダンジョンに潜って装備を整えておきたい。


「狩りとアイテム堀りだな。よしきた。じゃあおやすみ」

「おう。また明日」


 俺は自室へと戻り、泥のように眠った。やはり、アラクネクイーンとの戦闘による疲れが抜けていない。

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