裸の付き合い

 全員、【クリーン】の魔法で見える汚れは落としたのだが、おかみさんの目はごまかせなかった。


「ちょっと、おかみさん。俺はいいんだ。トウコたちを先に!」

「いいからいいから。水着でも着て入りゃあいいだろ?」


 強引に、俺は脱衣所へ放り込まれる。


 サピィと視線が合う。


「えーっと」

「腹が減りすぎてメシを優先したからなー。ひとフロ浴びるかー」


 なんの凹凸もない身体をさらけ出し、真っ先にトウコは身体を流し始めた。


 さすがにサピィと俺は、水着を着させてもらう。もちろん着替えも別だ。


「うわあ、広い」


 コナツの工房にある浴場は、湯船だけで三〇人ほどを収容できる。ちょっとしたスパ気分を味わえるのだ。


「お邪魔します」


 身体を流してから、遠慮がちにサピィが湯に浸かる。


「スマン。おかみさんはあんな感じなんだ」


 弟子たちもほとんどが夫婦で弟子入りしているので、おかみさんは男女の見境がない。「家族なんだからみんなで入るもの」と、考えているようだ。


「でもさ、いつの間に父ちゃんの店って繁盛したんだ?」

「サピィのおかげだ。ジュエルの効果で、持ち直したんだよ」


 コナツの店が流行っているのは、大半がジュエル装備による。ランペイジ商会を立ち上げて以降、みるみる躍進していった。

「弟子を食わせわせられることが、一番うれしい」とコナツは酔うたびに話す。


「そっかーありがとうなサピィ!」

「いえそんな。私は、できることをしたまでです」


 サピィが、湯船の中で恥じらう。


「やろうと思っても、すぐできるわけじゃねえじゃん。お前はエライ! あたしも助けてくれたしな!」

「あ、ありがとうございます」


 湯のせいか照れのせいか、サピィは顔を赤らめた。


「ところでサピィ、なんで隠すんだ?」


 まったく隠そうとせず、トウコは湯船に背中を預ける。


「いやぁ、だって」

「お前ら夫婦だろ? 母ちゃんも言ってたぞ」


 俺とサピィが、視線を合わせた。


 お互い、妙な表情になってしまう。


 どうやら、とんでもない誤解を生んでしまっていたらしい。


「いやいや。俺たちはそういう関係では」

「でも、サピィは指輪してるじゃん」


 トウコは、サピィの左手に光る指輪を確認したようだ。


「これこそ、フィーンド・ジュエルっていってな。これをはめていればサピィのマナが常に回復するんだよ」


 ジュエルの早見表なら、トウコだって目を通しているはず。


「ふーんそっか。お前飲めないから、てっきりずっと女を口説けなくてボッチまっしぐらだと思っていたのにな」


 湯に入りながら、トウコが聞いてくる。


「ランバートさあ、お前、相変わらず飲めないのなー?」


 そういうトウコも、酒を飲めない。まだ一三歳というのもあるが、アルコールの匂いが苦手なのだという。


「体質的な問題だな。ここまでくると」

「仲間の中でも、男じゃ一人だけ飲めなかったもんなー」


 酒の席は何度もあったが、俺は飲まずにずっとスイーツを食っていた。トウコと一緒に。


「それにしてもトウコさん、絵がお上手ですね?」


 クレヨン画だというのに、トウコのイラストは油絵レベルの正確さである。


「ああ。チビの面倒はあたしが見ていたからなー。よくこうやってお絵かきで遊んでいたんだ」


 弟子の子どもを見るのも、トウコの仕事だった。


「こうやってフロに入れてやるのも、あたしだったなー」

「俺が入っていてもお構いなしで、入ってきたよな」


 だから、トウコの裸は見慣れているのだ。


「そうだったのですね。うらやましい」

「サピィは、ひとりぼっちなのか?」

「父を喪いましたからね」


 サピィは、ジェンマという魔族に親を殺害されている。


「わかった。じゃあ、家族と思っていいからな!」

「ありがとうございますトウコさん」


 その後、女子二人が洗いっこしようと言い出したので、俺はおとなしく退散することにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る