殴りウィザード、汚物を消毒する

「ちょこまかとすばしっこいね!」


 アラクネの糸は、ツルンツルンとしたスライムを捉えることができない。むしろ、アラクネより強い酸の力で糸を溶かす。


「な!?」


 驚愕するアラクネが、糸を引っ込めた。


「バカな。アタシの糸を溶かせるなんて! そんなヤツは上位魔族しか。あるいは、この世界でも魔王クラスでなければ不可能! それだけの力を与えられたというのに……はっ!?」


「私をただの少女と侮った時点で、あなたの負けです」


 徐々に、アラクネが戦意を失う。


「スライムの少女。たしか、国を追われた逃亡者がスライムから生まれた……魔王!」

「ようやく気づいたか。だがもう遅いんだよ、おらあ!」


 相手の不意を突き、俺は黒い剣をアラクネの背中に突き刺した。


「火炎放射器をくれ、シーデーッ!」

「承知!」


 シーデーに、火炎放射器を投げ渡してもらう。


「汚物は――」

「消毒するに限りますな!」

「ああ。【エンチャント】!」


 無属性のオニキスでは、ダメージを与えられない。

 ならば、弱点を突くまでだ。


 ありったけの魔力を、火炎放射器に込める。


「おらああ!」


 トリガーを引き、俺はアラクネに刺さった剣に向かって炎を放った。


「おらおら、【ファイアーウォール】も付けるぜ!」


 火炎放射器に、さらに魔法まで仕込んで打ち込む。血管を伝い、俺の火炎魔法が浸透しているのだ。


「ごううおおおおおおお!」


 強固なヨロイを持つアラクネも、内側から燃やされればひとたまりもない。


 俺は、火炎放射器から指を離す。


 全身大やけどを負ったアラクネが、地面に横たわる。さっきまでの強い魔力など、みじんも感じない。


 サピィが、元の少女に戻った。


「はあ、はあ! これほどとは、これほどまでとは落涙公! てっきり死に体だと思っていたのに!?」

「あなた方がそう思っているなら、そうなのでしょう」


 息も絶え絶えなアラクネに向かって、サピィが歩み寄る。


「来ないで! 殺さないで!」


 怯えながら、アラクネが後ろへ下がった。


「あなたたちのボスは何者です!」

「あんたがよく知っているヤツよ!」

「やはり、あの者が動いているのですね? 目的はやはり」


 サピィには、敵の正体がわかっているらしい。


「あの女の支配が、あんたの城だけで済むわけないでしょ! あの方の権力は、この辺境にまで及ぶわ! ねえもういいでしょ? 全部話したんだから見逃して!」

「そうですね。今は、人命救助が優先です」


 あっさりと、サピィは引き下がる。

 だが、アラクネの爪はまだ折れていなかった。


「死ねえええ!」


 瀕死のアラクネが、前足をサピィに向けて振り下ろす。

 狂気の爪がサピィに届く瞬間、サピィがまた分離した。


「なにいい!?」

「あなたの考えなど、お見通しです」


 腕だけの状態になったサピィが、アラクネのアゴを拳で撃ち抜く。


「なあ、ごふうう!」


 サピィの拳は、アラクネの食用器官である下アゴを粉々に打ち砕いた。

 分離したサピィがすべて、手だけの状態になる。


「【プロミネンス】もどうぞ!」


 オールレンジの赤熱魔法を、サピィが放った。


 炎がヘビのようにうねり、アラクネへと絡みつく。


「ぎゃあああ! ジェンマさまぁ!」


 敵の親玉らしき名を叫びながら、アラクネは絶命した。


 ルビー、サファイア、トパーズ、エメラルドを、アラクネの死体が吐き出す。四種類全て、スフィアサイズだ。どうりで強いはずである。


「……ん?」


 ジュエルを吸収していると、その光景を見ている一人の少女が。




 ワインのように真っ赤なローブをまとって、顔はまったく見えない。あいつはたしか……。


 こちらの視線に気づくと、少女はセグメント・セブンの奥へ逃げていった。


「待て!」


 しかし、俺のつま先が何かを蹴飛ばす。そこで、俺は足を止めた。


「これは!?」


 俺が蹴ったアイテムは、知り合いが付けていた首飾りだったのである。 

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