サピィ対アラクネ・クイーン

「邪魔だって」


 アラクネの大きな臀部が、調査団の一人に向けられる。粘度の高いクモの糸が、調査隊の顔に張り付く。


 隊員は必死にもがくが、アラクネはその糸を引っ張った。


 壁に激突した隊員が、動かなくなる。


「次はあなたー?」


「ひ、ひいいいい!」


 武器を捨てて、隊員が逃げ出す。


 別の隊員に、クモの巣が絡みつく。巣の中で、隊員は銃で引きちぎろうともがく。だが、粘性のある糸は切れない。


 アラクネが、巣の先端にある糸を引っ張る。


「あんたはこっちでね」


 格子状の巣が、調査団をズタズタに切り裂いた。


「次に死にたいやつは、あなたかしらー?」


 今度は、別の調査団にクモの巣が迫ってくる。


「おらあ!」


 俺は調査団の盾になり、剣を振り回して糸を燃やす。


「撤退しろ。状況報告が先だ。ここは俺に任せろ!」


 調査団の生き残りたちには、人命を最優先してもらう。


 彼らを守りつつ、俺はアラクネと対峙した。


「自分からエサになるなんて、殊勝な心がけね。その勇気に応えて、じっくり恐怖を与えてあげるわ」


 相手を見下す笑みを浮かべながら、アラクネは鉤爪を舐める。


「恐怖するのはお前の方だ。魔王とか言ったな? 誰の指示で動いている?」


 イクリプスを構えて、俺は調査隊の逃げ道を作る。


「アタシに勝ったら、教えてあげるわ!」

「そうさせてもらう。おらあ!」


 俺は、黒い炎の光刃を放つ。さっきの格闘家すら両断した技である。


 アラクネは、避ける気配がない。それどころか、クモの巣で自身を囲んでバリアを張った。


「なにいい!?」


 光刃が、クモの巣に阻まれてしまう。どれだけの防御力なんだ?


「お気をつけくだされ。相手はグレーターデーモンクラスまで強化されていますぞ」

 

 シーデーが、相手の戦力を分析した。 


「俺一人では、逆立ちしても勝てない相手だな」


 グレーターデーモンクラスか。歴戦のハンターですら逃げ出すほどの大物じゃないか。最善策が「気づかれる前に逃げる」しかない。



「今度は、こちらの番ね!」


 クモの糸が、今度は俺に放たれる。

 粘り気のある糸が、俺の手を塞ぐ。


 そのまま押し出され、剣が壁を貫いてしまった。

 剣を力任せに引っ張る。が、壁に深く突き刺さっていて抜けない。


「アハハハ! 剣を持っているからどうなるかと思ったら、アナタはド素人ね。剣術を扱えないのに武器で戦うの?」


 たしかに、俺は剣での戦闘方法を学んでいない。

 今の攻撃でも、パリィなどのジャストガードで弾くのだろう。

 しかし、そこまで頭が回らなかった。


「フン。壁に剣がくっついただけだ」

「何を強がっちゃって」

「どうかな【ファイアーウォール】。おらあ!」


 魔法で壁の穴だけを執拗に燃やし、剣を強引に引っこ抜く。剣が壁から出てこないなら、壁を炎で焼き尽くすのみだ。


「む!? 強引ね。でも、悪くないわ」


 最初は驚いていたが、アラクネは冷静さを取り戻す。


 剣を再び振っても、また同じように粘液を飛ばされるだろう。なら、戦法を変えるか。


「おらおら、【セルフバーニング】!」


 俺の周囲を、【ファイアーウォール】に使った炎が渦を巻く。俺は剣を媒介に、自身の周辺を炎で囲んだ。


「ふーん。全身に炎をまとって、糸対策か。いくら頑丈でも、しょせんは繊維質。火には敵わない。考えたわね。でもよくもない」

「なんだと?」

「魔力切れを待てば済むことよ!」


 アラクネが、両手の長い爪を振り回した。


 二対一の攻撃により、俺は防ぐだけで精一杯になる。


 アラクネの武器は、鉤爪の腕だけじゃない。多脚による踏みつけも脅威だ。あんな槍のような脚先に踏まれたら、腹に穴が開く。


 一発が重い。近距離戦で一気に叩くべしと考えたが、甘かった。スピードもあり、六つある目のせいで全方位にスキもない。


 ダイヤの自己治癒能力も、追いつかない。さすが、黒虎格闘家すら手に負えない大ボスだ。これほどとは。


 下アゴから、アラクネが緑色の液体を吐き出す。


「わっと!」


 俺は身をかわした。


 液体が、岩場に付着する。岩が煙を上げて、溶け出した。強力な酸か。


 マントに、毒液がかすった。

 トパーズの反射能力を持ってしても、毒はマントを突き抜けてくる。

 反射はしたようだが、アラクネには効果が薄い。元々毒に耐性が強いみたいだ。


「アタシの腹の中で、ゆっくり溶かしてやるわよ!」

「それはどうかな? サピィ!」


 アラクネは忘れている。俺にはまだ他に、仲間がいることを。


「後ろにいる女の子のこと?」


 だが、アラクネはサピィの存在に気づいていたらしい。

 サピィに向かって、相手を細切れにする糸が射出された。


「サピィ!?」

「ご安心を!」


 武装を解除し、無防備になったサピィが、格子状の巣に捕まってしまう。


「アハハハ! バラバラになりなさい!」


 アラクネが、巣を引き絞る。


「それはどうでしょう」


 サピィの身体がバラバラになった……ように見えた。


 しかし、サピィは元のスライムへと変化する。


「ちいい! こしゃくな!」


 ムキになりながら、アラクネは再び糸を撒き散らす。


 分離したまま、サピィは巣の隙間をすり抜けていった。

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