入念な準備

 ダンジョン名を告げただけで、ゴキゲンだったコナツの態度が一変する。ニコニコしていた顔が、一瞬で凍りついた。

 そりゃあそうだよな。


「どうしてお前が、とんでもねえ危険地帯へ向かうんだ? わざわざリスクを背負う必要もないだろ?」

「ギルド全体の危機だ」


 俺も、行かなければ。


「バカヤロウ! んなもん、ギルドに任せておけばいいだろっ!」


 コナツが感情をむき出しにした。


「そうはいかない! 事実、仲間が大勢やられている! 第一、セグメント・セブンは元々全貌がわかっていない! どのみち詳しい調査は必要だったんだ! それが早まっただけの話だろ?」

「だからって、お前まで行く必要はなくね!? 死にに行くようなもんだろうが!」


 たしかに、俺が行ったところで解決できるかはわからない。

 しかし、手をこまねいているわけにも。


「俺にできることをやってくる。ムリはしないさ」

「さっきの発言から信用しろったって、そりゃあムチャだぜ」


 コナツは首を振りながら、俺の意見を否定する。


「安心しろ。俺だって怖い。だからお前にアイテムを頼んでる」

「マジだろうな? 危なくなったら絶対に逃げろよ!」

「心得ている」


 俺だって死にたくない。だから、コナツを頼っているのだ。


「【イクリプス】の強度チェックと、細かい調節をする。三時間はかかるから、メシでも済ませてから店に戻ってこい」

「協力、してくれるか?」

「ああ。あそこの女ドワーフファイターは、ウチの常連だ。助けてやってくれ」


 伸びをしながら、コナツが「シーデーを呼んでこい」と言ってきた。また調整のやり直しだという。


 コナツと別れた後、街で食糧や消耗品を買い込む。

 幸い、解毒剤の類はジュエルで補えるから、お守りのようなものだ。

 もしくは、生存者用の。


 ハンター用のバーで、早めの昼食を取った。



「いいものはないか?」

 

 タブレットにハンター証をかざして、ステータスとにらめっこする。

 見ているのは、スキル表だ。


 人生最後になるかも知れないデザートを口へ運びながら、俺はスキルの見直しをする。

 レベルが相当上ったので、スキルポイントにかなり余裕があった。


 いつも通りならエンチャントに極振りだ。が、今回はポイントを持て余していた。


【魔法使用時の必要魔力を軽減するスキル】と、魔力を回復するジュエルである【ダイヤ】を手に入れたからだ。

 振る魔法が、ほぼなくなってしまったのである。


 かといって、以前のように後方から魔法を撃つ気にもなれない。

 エンチャント使いの殴りウィザードが、俺の生きる道になっていた。

 また、サピィが後方から攻撃する役割を担ってくれている。これが大きい。



「では、これなんてどうでしょう?」

 

 サピィが、一つのスキルを指差す。

 俺が気にもとめていなかった、スキルである。


「【ファミリア】か。これは必要になってくるかもな」


 精霊を召喚し、ダンジョンや宝箱のトラップを調査してもらうスキルだ。

 精霊の能力は、俺のハンター特性や経験に依存するらしい。

 なにより、今回は生存者の追跡だ。

 ファミリアの存在は、重要になる。


「よし、【ファミリア】」


 魔法を唱えると、手からホタルのような小さな光が浮かんだ。


 よく見ると、金属質な球体のコアの両端を、円錐状のスラスターが囲む。フヨフヨと空中を漂い、俺の肩周りをうろつく。


 ファミリアは、術者の能力によって形状を変化させる。

 他者を攻撃できないが、俺が生きている限り不滅・無敵だ。


 ファミリアの特性は、「生存者の調査」だけではない。「自身の所在地を知らせる」道標にもなるすぐれものである。


 死なないファミリアを使用するから、ワーキャットシーフの案内は不要といったのだ。


「こんな小さいのか」

「美しいファミリアですね」


 俺のファミリアを手に乗せて、サピィが撫でた。

 ファミリアも、うれしそうだ。


 あとは【ディメンション・ブレード】、【ボルト・スキン】、【フローズン・アーマー】を、一段階ずつ強化した。


 ステータス表に切り替えて、体力と筋力にポイントを振る。

【ディメンション・ブレード】はそんなに大技ではないため、魔力切れの心配があまりない。ポーションにも余裕がある。

 しかし元が紙装甲なため、体力が足りなくなると本格的に危ない。二重遭難の危険もある。


「お前はどうするんだ、サピィ?」


 彼女は、分身であるスライムをファミリアにしていた。

 もっぱら部屋の掃除が役割だが。


「今回のミッションは、探索と救助です。私は、【リザレクション】を覚えました」


 瀕死の相手を蘇生させる魔法である。

 今から向かうダンジョンに、一番必要な魔法かも知れない。


【アサルト】であるシーデーが【索敵】や【アンチトラップ】を持っている。ファミリアの出番はないそうだ。


「あとはレベルアップすればいいのですが……」

「元が強いからな」


 サピィが、俺の発言にうなずいた。


「私が強くなれればいいのですが、強くなろうとするには、ジュエルを食べる必要がありまして」

「だよな。今度は優先的にお前に行き渡るようにする」

 

 俺の申し出を、サピィが断る。

 

「武器強化分が減ってしまいます」


 サピィはそういうが、そこまで神経質にならなくても。

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