サピィのお着替えタイム
俺の言葉に、サピィが眼を丸くした。
「どうしたサピィ? 俺は変なことを言ったか?」
「なな、なんでもありませんよー。さてーどれを着ていきましょうかねーっ?」
眼を泳がせたまま、サピィは手頃な値段の衣装を数点手にとる。
これでも結構な値がするものだが、レアに比べれば知れたものだ。
「では、しばしのお待ちを」
ウキウキ顔のサピィが、更衣室へ消える。
と思ったら、一瞬で着替えを終えた。
「おまたせしました。これなんてどうでしょうか?」
「あー、いいんじゃないか? というか、どうしてナース服なんて着たんだ?」
今サピィが着ているのは、ピンクのナース服だった。
聴診器を首に下げている。
店にはこのようなフェイク、いわゆるコスプレ衣装なども揃っているのだ。
「これは、フリです」
「ああ、わかってる。まだ時間はたくさんあるから、着たい服を着てみるといい」
「はい。ではこちらなんていかがです?」
ブレザー型制服を着たサピィが、更衣室から現れた。
「似合いすぎて、逆に違和感がないな」
「そうですか」
制服ファッションは、若い世代に大人気だ。
ファッションリーダーが着ていることも荒れば、いわゆる「いかがわしいプレイ」にも活用されている。
「では、少しレアをお借りして、と」
続いてのドレスは、スパンコールドレスだ。大胆なスリットが入っていて、ハイヒールと合わさって妖艶な雰囲気を醸し出す。
「えいっ」
レアアイテムのムチを、サピィがバチンと振り回した。
ムチが空気の壁を突き破り、激しい音を鳴らす。
「ウフフ。なんだか、クセになりそうですね」
さながら、夜の女王というか。
「でも、実用性は低いですね。動きにくいです」
「俺も、その格好はどうかと思うぞ」
「ですよねー。次は本命ですから」
いい時間になってきた。サピィもファッションショーを終わらせるつもりらしい。
「おまたせしました」
「やっと戻ってき――」
サピィの姿に、俺は目を奪われる。
白いブラウスと紺のミニスカート姿で、サピィが出てきた。
ブラウスは白を基調に水色のラインが入っている。
白いニーハイには、フリルがポイントとして付いていた。
手首に付けたブレスレットは自前で、ジュエル付きである。
「どうでしょう?」
「一番いい!」
「ありがとうございます。では買ってきますね」
「俺が払う。いつも世話になっているからな」
支払いにハンター証を出そうとすると、サピィが首を振った。
「いえいえ! 連れてきてくださったので、自分で買います」
服を買って、いよいよお店へ向かう。
俺は、なんと声をかけていいかわからない。
「あの変でしょうか?」
不安そうな声で、サピィは尋ねてきた。
「す、すごく似合ってる!」
「ありがとうございます」
「よし、着いたぞ」
店に入ると、やはり女性客ばかりである。唯一の男性客である俺は、ひときわ目立つ。
予約してたので、俺たちはすんなり座ることができた。
「よそ行きのお洋服って、久しく買っていなかったです。いい機会でした」
「そうか。それはよかった。ありがとう」
サピィが「ん?」と、首をかしげる。
「服を買って、お礼を言われたのは初めてです。どういう意味なんでしょう?」
「落ち込んでる俺を、励ましてくれたんだろ?」
「あ、あわわ……」
バタバタと足踏みして、ごまかそうとしていた。
「そ、そこまで頭は回りませんっ」
「気を使わせてしまったな」
「いえそんな。えっとー。あ、ザクロのパイがあるんですね!」
唐突に、サピィが話題を変える。
「ご存知ですか? 『シーデー』の名前は『ザクロ』という意味なんですよ。あの方、単眼でしょ? 目の部分がザクロに似ているからで……」
「そ、そんな由来があったのか。勉強になるな。あはは……」
また、会話が途切れてしまった。
「あっそうそう。このお店に、お知り合いがいるとかで?」
「俺の母と友だちだった人が、経営している」
「だった。では、あなたのお母さまは?」
首を振るだけで、俺は答える。
母は、俺が六つの頃に病に倒れて、そのまま息絶えた。
「すいません。辛いことを思い出させてしまって」
「いいんだ」
母の死後、俺は父と二人きりとなる。
父はハンターの仕事で忙しくて、子育ては不可能に近かった。
それで俺は、母の友人に預けられたのだ。
「ここは、その人の娘が働いている」
「わかりました。で、お知り合いというのは?」
「あの子だ」
一〇代くらいの若い女性が、オーダーを取っている。ツインテールの頭に、キャスケットを被っている。
「あの方が、パティシエですか?」
「そうだ。彼女のプリンは絶品だぞ」
神妙な面持ちで、サピィがテーブルに身を乗り出した。
「ランバート、手を出すにはあまりにも若すぎるのでは?」
「誰が手を出すか! ただの知り合いだって言うのに」
しばらく待っていると、知り合いのパティシエが現れる。
「よく来たわね、ランバート。今日はゆっくりしていきなさいな」
ニコリと笑いながら、少女が腰に手を当てた。バシンと、俺の背中を叩く。
痛え。
「あの、サピィ・ポリーニです」
「グレース・エアハートよ。ゆっくりしていって」
「エアハート……するとあなたは?」
サピィが聞くと、グレースが腰を曲げる。
「ええ。わたしは、クリム・エアハートの妹です」
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