サピィとショッピング

 ポータルを使って、ペールディネの街へ。

 さっそく、人混みに流されそうになった。


 本当に文明が崩壊した世界なのか疑うほど、賑わっている。 


「私、この街へ入るのは初めてです」


 見慣れぬ景色を前に、サピィがウロウロした。


「はぐれるなよ」

「大丈夫です。ハンター証がありますからナビはバッチリ……あわわ」


 早速、サピィは人に目を回しているじゃないか。


「ほら」

「あ、あうう」


 俺は、サピィの手を握る。


「入り組んだところに店があるから、案内する」

「はいい」


 頭から湯気を出しながら、サピィがヨロヨロと付いてきた。


「人に酔ってしまったか?」

「ちちちがいます。手を……」


 ようやく、俺は自分が何をしているか気づく。


「すまん。レディに失礼だったな」


 慌てて、俺はサピィの手を離す。


 仮にも魔王の娘だ。とんでもないことをしていたな。


「そうではなくてですねぇ、もうなんと言えばよろしいのでしょう?」


 頬に両手を当てて、サピィはオタオタする。


「本当にすまん」

「イヤではないのです! 誤解なさらないでぇ」


 クネクネと身体をゆすりながら、サピィはイヤイヤをした。


「それでランバート、女性に会うと言っていましたが?」

「この店に、知り合いのパティシエがいるんだ」


 彼女が、とっておきのメニューを振る舞ってくれるという。


「ああ、ここだぞサピィ」


 店は、スイーツが話題のレストランである。

 まだ開店二時間前なのに、もう長蛇の列ができていた。

 この時代には珍しく、女性しかいない。

 しかも、みんなめかしこんでいる。


 従業員が店の前に出て、整理券を配っていた。


「あなたが正装していた理由が、わかりました」


 サピィが、ため息をつく。


 この店は、少しセレブなお客様御用達なのである。


「セレブなのに、並ぶのですね?」

「おみやげのデザートを求めているんだ」


 三〇個限定のロールケーキを目当てに、列を作っているのだ。

 俺は別のメニューを食べさせてもらうから、あの列に並びはしないが。


「予約した時刻まで、まだあるな」


 サピィは「少し待っていてください」と、隣の洋服売り場へ向かった。


 一人残された俺は、窓から様子を伺う。


 店内は、まだ仕込みをしていた。作っているところを見ているだけで、胸が踊りだす。


 数名の女性が、クレープを楽しんみながら通り過ぎていった。近くにあるスイーツの屋台で買ったようだ。


 早く俺も、あの甘みを味わいたい。すっかり、甘味に心を奪われていた。


 しばらくボーッとしていると、サピィが何も買わずに引き返してくる。


「どうした? 買い物は?」

「まだお店には入っていません! やっぱり付いてきてください!」

「なんでだよ?」

「だって、お店の中ばかり見ているんですもの!」


 サピィが俺の腕をつかみ、店まで引っ張った。


「うおお……」


 セレブ向けのお店だけあって、高価な品々が揃う。


「少し驚いたのですが、あれ」


 サピィの指差す先には、きらびやかなアクセサリが並ぶ。髪留めやブローチ、ネックレスなど、どれも美しい。


 俺もサピィも、【鑑定眼】のスキルを持っている。


 だから、あれがただの装飾品ではないとひと目でわかった。


 これらは、レアアイテムだ。

 バッグなども、アイテムボックスだったりする。


「ドレスのグレードも、豪華ですね」


 サピィが、数点のドレスを指差す。


「おお、あのグレード、【レジェンダリ】クラスだ」


 ハンターが手に入れてくるレアアイテムは、自分で使うだけではない。

 大抵は、セレブや店に買い取ってもらうのだ。

 王族や貴族から、お目当てのものを獲ってこいという依頼まである。


 中には、引退してしまうほどの額を受け取った者も。


 店に飾ってあるドレスの一部は、装備品としても一級品だ。

 サンゴや希少な貝殻が宝石として装飾されているものや、黄金の羊で作られたコートなど。


 値札を見ると、目玉が飛び出そうになった。


 ショーケースに飾られているドレスが、最高級品の【アーティファクト】だ。「聖遺物」というだけあり、伝説レジェンダリよりグレードが高い。見えないところにドラゴンのウロコがあしらわれている。天衣無縫、つまり、縫い目一つ見えないという代物だった。


「着るのか?」

「とんでもない! 私には少々派手すぎます」


 ハンティングしたハンターの名を確認する。

 この大陸でも名のあるハンターだった。

 ハンターたちの集合写真まで載っている。


「どうなさいました?」


 沈黙していた俺に、サピィが声をかけてきた。


「なんでもない。それより見ろ。魔導書だ」

「……ランバート、これは」


 とあるレア魔導書が、棚の隅に飾られていた。レアを見つけたハンターたちの写真付きで。


「発見者は『クリム・エアハート』ですか。もしかして」

「ああ。友人のクリムだ。これを、クリムが見つけたのか。すごいな」


 もし、あのまま冒険を続けていたら、俺も……。


「あの、ランバート」


 サピィが、俺の顔を覗き込む。


「んあ?」

「やはり、仲間と離れ離れというのは、寂しいですか?」


 少し沈んだ顔で、サピィが聞いてきた。


「あ、いや。少し懐かしかっただけだ」


 俺があの輪に入っていても、このような場面には出くわさないだろう。俺がいたら、魔物はレアアイテムを落とさない。


「魔物がダメなら、宝箱という手も」


 あの魔導書だって、おそらく小型の宝箱からゲットしたものだろう。


「ムリだったな。何度か試してみたんだ」


 俺は宝箱のトラップこそ楽に開けられる。だが、中身に恵まれたことはなかった。どうも俺は、くじ運も悪いらしい。


「そんなに渋い顔をしていたか、俺は?」

「複雑な表情はされていました」

「そうか。でも、今の俺にはサピィがいるからな」

「――!?」

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