報酬は、バケツプリン

「毎回、世話になるな。グレース」

「いいって。あんたが仕入れてきてくれる卵やハチミツ、大人気よ」

「そうか。俺は役に立っているんだな」

「何を言ってんのさ? あんたは人が思っているほど、お荷物じゃないわよ!」


 また、グレースに背中を叩かれた。


「あなたは、兄のクリムとどういう関係? 兄貴はランバートと違ってモテてたから、女性には不自由していなかったけれど」

「いえ。会ったこともありません。名前もお顔も、さっきブティックに飾ってあった写真でお見かけしただけで」

「そうなんだ。じゃあ完璧ランバート大本命ってわけだ。やるじゃないランバート!」


 またグレースが、俺の背中をバチンと叩く。


「そういうんじゃないから! さっさとオーダー頼むよ」

「あいよ。じゃあ、ダンナが呼んでるから行くね!」


 グレースが、厨房へと引っ込もうとした。


「待ってください! 今、旦那さまと?」

「ああ。アタシ、シェフと結婚しているの。二〇歳差婚よ。エアハートは旧姓なの」


 アゴが外れるのではないかと、サピィは口を開く。


「騒々しくてすまない」

「いえいえ。若くて元気な方で」

「あいつの母親は、おしとやかなんだけどな」


 俺は背中をさする。


「どんな方なんです?」

「アイレーナギルド食堂のコックだった。今は引退して、ここで療養しているらしい」


 この店に、資金も提供したそうだ。


「まあ。立派な方なんですね」

「もっとも、本人はまだまだと言っているが」


 俺とクリムは、母親同士の仲がいい縁で親しかった。

 手に職を持てば、もっと息子に楽をさせられると、小さな店から初めて料理人として腕を認められていく。


「それにしても結婚って。まだ一〇代ですよね」

「グレースは、一九歳だ。ここのシェフが、当時バイトだったグレースをもらってくれてな」


 パティシエとしての訓練をしている中で、深い関係になっていったのだとか。


「なんだか、犯罪の臭いがします」

「惚れたのはグレースの方だ。いいじゃないか」


 結婚生活は、想像していたのと違ったらしい。だが、幸せなのは見ていてわかる。


 昼食が運ばれてきた。海鮮のスープと、イッカクウサギのステーキである。


「グレースは母親に憧れて、ずっとパティシエを目指していた」


 パティシエはセレブ相手だ。ハードルは高いが、一度認められればずっと食べていける。兄の手に頼らずとも。


 クリムは妹の夢を叶えるために、レアを集めていたのだ。

 ハンターは、一攫千金を狙える。

 手堅い仕事では、稼ぐのに何年かかるか。それだけの金額を一日で手に入れることも、ハンターなら夢ではない。

 クリムは金のほとんどを、妹への学費として送っていた。


「おまたせ!」


 デザートの時間となる。逆さになったバケツが載った皿を、グレースがテーブルに置いた。


「当店自慢のバケツプリンよ」


 バケツサイズの型を抜くと、中身のプリンがプルルンと波打つ。


「待ってくれ。いつもより大きい!」

「デート仕様よ! 二人で食べなさい」


 固まる俺に対し、サピィは「いただきましょう」とスプーンを取った。自身に、一口めを運ぶ。


「おいしいです! カラメルがないのにこんなに甘い!」

「でしょ? コカトリスの卵って、毒抜きすると甘くなるの」

「それで、ランバートに頼んだんですね?」

「そうなのよ。ランバート、甘いものが好きだから。兄のクリムなんて、匂いを嗅ぐのも苦手だったけれど」


 兄を話題に出すと、グレースは申し訳無さそうな顔になった。


「ごめんなさい、ランバート。ウチのバカ兄貴があんたを追い出すなんて」

「いや、効率を考えたら仕方ない」

「まったく、クソ兄貴ったら。いったい、どこをほっつき歩いているんだか」


 窓の向こうを眺めながら、グレースは苦笑する。


「大変ではないですか? こんな時代に、スイーツのお店なんて」

「こんな時代だからよ」


 異界から魔物が現れて、数百年が経つ。魔物を倒してお宝を得ることで、ハンターは潤い国は発展していった。


 しかし、その恩恵が平民にまで行き渡っているかはわからない。


 クリムたちの母は、そのことをずっと憂いていた。

 貧しい時代から料理の腕を鍛え、認められるまでに至る。

 俺を養うためでもあっただろう。自分の子供の面倒だってあるのに。


「グレースは、料理人だった母親に代わって、家事をこなしていた。彼女の料理を食べて、俺は甘い物好きになったんだ」


 ある意味、グレースはおばさんの遺伝子を受け継いだといえる。


 俺とクリムは早々とハンターという道を選び、グレースも外へ働きに行った。世話になったおばさんに恩返しをするため。


「それにしても、あんた。彼女連れだなんて、わたし聞いてないんだけど?」

「あ、いや。この人は彼女とか、そういうのでは」

「ただの知り合いってわけ? そんな子が、男の前でおめかしなんてするわけないじゃん!」


 お盆を抱きしめながら、グレースが反論する。


「ねえねえ、どこまでいったの?」

「裸を見られました」

「うっひょーっ!」


 両頬に手を添えながら、グレースは奇声を発した。


「あっ、また夫が呼んでるわ。じゃあごゆっくり」


 これ以上長居をすると、色々と詮索されかねない。コーヒーをいただいて退散するか。


「ごほごほ!」


 突然、二階から咳き込む声が聞こえてくる。

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