ルームサービスには、プリンを

「たまにいるんだ。ギルドのルールを知らないで、依頼書を手書きしてしまうヤツが」


 たいてい子どもか切羽詰まった老人がこの方法を用いる。

 もしくは、何らかの理由でギルドに顔を見せられない人物が。

 ギルドを正式に通さないから、報酬も少ない。


「つまり、あんたらはお尋ね者か、どっかのお姫様か。とにかく、世間様にあまり顔を見せられない人物と、お見受けした」

「大した洞察力ですね」


 サピィが、ため息を付いた。


「そうでもないさ。話してくれ。ことと場合によっては、力になる」


 といっても、俺もさして強くはないのだが。


「話し相手くらいには、なれる気がするが?」

「信用しましょう。あなたは私の角を見ても、動じませんでしたから」


 場所を変えようと、酒場を出る。

 宿があるから、そこで話し合おうとのこと。

 部屋も取ってくれるらしい。

 ついでに、さっきの食事代も払ってくれた。


 サピィの部屋へ、同席する。

 スイートか。

 俺も泊まったことはない。

 電話機とルームサービスまであるのか。


「私の正体を明かしましょう」


 少女が、フードを取った。黒い角が、こめかみから伸びている。


「やはり、あんたは魔族だな?」


 少女、サピィがうなずいた。


 シーデーが、サピィの側にかしずく。



「サピィ・ポリーニは仮の名前。我が真なる名は……っ!」



 部屋がノックされたあと、食事が運ばれてきた。


 慌てて、サピィはフードを被り直す。

「そこに置いておいてください」と宿の従業員に指示した。


 身をこわばらせながら、宿のスタッフはテーブルに食事を置いて出ていく。


「ごめんなさい。食事をすっかり忘れていて」


 自分でルームサービスを取っておいて、失念していたようだ。

 よほど、緊迫した状況に置かれていたらしい。

 スイートの宿を取ったのも、他のハンターからいらぬ接近をさせないためだろう。


 俺も、巻き添えになってしまったが。


「とにかく、食おう。どうせ湿っぽい話をするんだ。食欲のあるうちに食っておけ」

「では、いただきます」


 気を落ち着かせるためか、パンにスープを付けて一口頬張る。


 シーデーも、口腔を模した消化器官に料理を詰め込んでいく。


 その食事風景は、まるで消耗した体力を回復させるかのように見えた。


 俺たちハンターが食事をするときは、基本的には賑やかである。

 今日も生き延びたなとか、明日はどこへ行こうか、とか。

 ダンジョンに戻ったときは、お互いの成果を語り合う。


 こんな味気ない食事は、初めてである。

 楽しむためではなく、生きるための食事に思えた。


 話の流れを変えたい。俺もなにか、腹に入れるか。


「ルームサービスを取らせてくれ。金は払う」

「ご自由にどうぞ。お代はお気になさらず」


 そうはいかない。嫌と言われても払うつもりである。


 メニューを眺めつつ、どれにするか迷った。


 おっ、酒場で食いそびれたヤツがあるじゃん。これにしよう。


 宿に添えつけてある電話で、注文をする。


 数分後、ルームサービスが届いた。

 宿のスタッフに持ってこさせたのは、カットしたフルーツの盛り合わせ、二人分の皿と、三人分のコーヒーだ。


「みなさんで、どうぞ」


 俺は、フルーツを選り分ける。


「あ、ありがとうございます」


 戸惑いながらも、サピィはフルーツ皿を手にとった。


「おいしい。こんなに落ち着いて果物を食べるなんて、久しぶりです」

「それはよかった。ゆっくり食べなさい」


 シーデーも、「かたじけない」と、果物を取り込む。


「酒を飲むのかわからなかったので、控えさせていただいた。酒場でも飲んでいなかったので。気が利かなければすまない。持ってこさせるから」

「お構いなく。私も執事も、酒は飲みませんので」


 サピィが、俺に視線を向ける。


 俺の手は、まだコーヒーしか持っていない。


「あら、あなたは?」

「俺か? こっちをいだだく」


 小さなプリンが、俺のデザートだ。

 生クリームがカラメルプリンの上に乗っていて、周囲にはフルーツが散りばめられている。


「ああ、うまい。旅から帰ってきたら、いつもこれなんだ」


 俺は、甘いものが大好きなのだ。

 このために生きていると言っても、過言ではない。

 特に、この街で名物になっているプリンが、最近のマイブームだ。


「フフッ」


 サピィが吹き出す。


 初めて、サピィの笑顔を見た気がした。


「やっぱりおかしいか? 男が甘い物好きだなんて」


 仲間の女性メンバーからも笑われたことがある。

 そこがカワイイと言われたりもしたが。

 黒髪ロン毛というズボラファッションのため「女の子みたい」とささやかれたこともあった。

 といっても、モテはしなかったけど。


 そのことを話すと、またサピィがクスクスと笑う。


「盛り合わせのフルーツも、つまみ食いする。そのために多めに頼んだんだ。食っても構わないか?」

「はい。遠慮せずにどうぞ。フフフッ」


 涙目になり、サピィがツボに入る。


「あーおかしい。こんな楽しいお食事は、久しぶり。ホントに……」


 笑みを浮かべていたサピィの瞳からは、悲しみの涙が流れ出していた。


「キミが追われている訳を、聞かせてもらおうか?」

「はい。改めて、自己紹介致しますね」


 腹も落ち着いたので、サピィがまた語り始める。



「我が真なる名は、サピロス・フォザーギル」



「フォザーギルだと!?」



 サピィは、魔王【落涙公】の娘だったのである。

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