追放劇の行方

 それから三日間、俺たちはアポロ君とガリムたちの様子を監視し続けた。


 日もすっかり落ち、月明かりが街を照らす頃。相変わらず冒険者でごった返す酒場の一席にて、ガリムたちのパーティーも夕食を摂っていた。

 奴ら、普段は比較的遅くまで残っている方だが、今日は早めに切り上げるようだな。


「おう、アポロ、今日は俺が会計するわ。マスターに用があってな」


 いつもはアポロ君が使い走りのように会計を押し付けられているが、珍しくガリムの奴が自ら行くようだ。


「あ、はい。お金どうぞ」

「すまん。あ、これ、持っててくれ。置いとくには物騒だしな」


 ガリムは自身の得物の大剣をアポロ君に渡そうとしている。

 ……普段はそんなこと、したことないと思うのだが。


 って、アポロ君も、そんな感動した顔すんな。大方、「ガリムさんが僕に大事な剣を……!信頼してくれているんだなあ」とでも思ってるんだろうが、どう考えても怪しいぞ!


 俺は、半信半疑、いや無信全疑の勢いで事態を注視する。


「危ない!」


 案の定、血相変えた別の冒険者の男が、テーブルの間の通路を駆け、アポロ君の方に迫る。


「ああっ!!」


 ガシャーン!!と派手な音。


 あーあー、やっぱりぶつかった。アポロ君、不意の突撃に大剣を手放し、落っことしてしまったようだ。

 ぶつかった側の冒険者はというと、アポロ君の方をチラリと見るも、そのまま外へと駆けていってしまう。

 お、ガリムが戻ってきた。


「てめえ、アポロ!!!」

「す、すみません!!あの人がいきなり……」

「うるせえ、一旦表出ろ!中身を確認する」


 アポロ君から強引に大剣を奪い、店を後にするガリム。他のメンバーも黙って奴に着いていく。

 俺らも出るか。


「セイラ」

「うん。始まったみたいだね」

「ああ。俺は事態を見守っておくから、セイラは計画通りに」

「オッケー」


 俺とセイラは、素早く小声で会話しながら外に出る。駆けていくセイラを目で追いながら、俺は適当な樹の陰に隠れた。


「……おい、折れてるじゃねえか」


 どうやら先程の衝撃で、大剣は鞘の中で真っ二つに折れてしまったようだ。


「す、すみません……」

「すみませんで済むか!!おめえ、今がどういう状況か、分かってんのか?」

「ガ、ガリムさんの、大事な剣を、壊してしまいました……」

「おう、そうだよ。俺の大事な商売道具だ。

 このパーティーは、俺が主力アタッカーだって分かってるよな?

 その得物がダメになったんだ。明日からどうやってダンジョンに潜ったらいい?どう稼いだらいい?」

「べ、弁償を……」

「五千リーリア」

「えっ?」

「だーかーらー。この剣、業物なの。弁償するには、五千リーリアはかかる」

「そ、そんな大金……あっ、でも、パーティーの貯金を切り崩せば、何とか!」

「はあ?お前、バカじゃねえの?」

「えっ?」

「パーティーの金はみんなの物だろうが。今回の件は完全にお前の過失。

 剣の新調のために貯金から一時的に持ち出すのは仕方ないが、金自体はお前が稼いで返すんだよ」

「そんな、五千リーリアあれば、一年は遊んで暮らせますよ。僕なんかに稼げるわけが……」


 アポロ君が今にも泣きそうな顔をしていると、お嬢さんがガリムをキッと睨む。


「私が返すわ」

「どうやって?」

「……それは、これから考える」

「ヘレン、お前のスキルは確かに強力だがよ、ソロでやっていける程ではないだろ。

 それとも色街にでも行くか?お前ほどの上玉なら、一瞬で稼げるかもな。俺も買ってやるよ」

「……下衆」


 腕で肌を隠しながら、不快感を露にするヘレン嬢。


「おーおー、怖いねえ、冗談さ。

 さて、ここで提案だ。実際、アポロに五千リーリアを稼ぐ手段はねえだろ」

「うう……」

「つーわけで、アポロ、お前はクビだ」

「ええ!?」

「まあ待て。これは建設的な提案だぞ。

 今、このパーティーには金が必要だ。そのためには、受ける依頼のレベルを上げていく必要がある。正直、足手纏いのお前をこれ以上残しておく余裕はねえ」


 俯くアポロ君。


「アポロが抜けるなら、私も抜ける」


 うん、セイラが言ってた通り、お嬢さんはそうなるよな。


「いや、ヘレン、お前は残るんだよ」

「何?」

「俺の提案は、アポロ抜きでパーティーを組み直して、もっと稼ぐ代わりに、アポロの借金を帳消しにしてやろうって話さ。ヘレンが抜けるんなら戦力ダウン、そもそも前提が成り立たねえ。

 なあに、ヘレン、お前も、三年ばかし働いてくれたら解放するさ。その頃には金も貯まってるだろうしな」


 なるほど、そう来たか。

 要はこの茶番、「アポロ君は要らないがヘレンは欲しい」という難題を通すためにでっち上げたわけだ。おそらく、あのぶつかった冒険者はグル、剣を割ったのも仕込みだろ。結構考えたもんだな。あの剣の五千リーリアって値段も怪しい。


 さて、アポロ君、踏ん張りどころだぞ。

 三日前の答えは、どうなんだ?


「僕は――このパーティーに、残りたいです」


 アポロ君の返答が意外だったのか、ガリムたちは一瞬面喰らったような表情になるも、すぐにまた怒鳴り始めた。


「てめえ、状況分かってんのか!

 お前が残って、この剣のことはどう落とし前つけるんだよ!」

「五千リーリアですよね?

 僕には、それだけの価値がある。少し時間をください、証明して見せますから」


 うん、よく言った。

 大丈夫、準備はできているから。

 ……そろそろ俺も顔を出すか。


「よう、皆さん。お取込み中かい?」

「兄さん、分かってんなら、部外者はすっこんでな」

「まあまあ、落ち着け。アポロ少年に関してな、言いたいことがある連中がたくさんいるんだよ。俺の仲間が呼んでくるから、ちょっと待っとけ」

「何ぃ?」


 すると向こうから呼び声が聞こえる。


「おーい、ユーゴくーん!」


 よし、セイラ、ナイスタイミング!


「来たな」


 意気揚々と歩くセイラ。その後を連ねるのは、商店街の面々。

 アポロ君が叫ぶ。


「皆さん!」

「お待たせ。こちら、商人の皆さん。アポロ君、凄いね。こんな遅くだけど、事情を説明したら、すぐに来てくれたよ」

「ありがとうございます……」


 頭を下げるアポロ君だが、一方のガリムは、何が起こっているのか理解できていない様子だ。


「ガリム君、といったね」


 強面のおじさんが声をかける。筋骨隆々とした体格は、酒場のマスターに負けず劣らずだ。


「お、おお」

「私はギュンター。『ギュンター武具店』という名前は聞いたことがあるかね?」

「そりゃ、この町一番の武器屋……」

「私はそこの店長だよ。

 アポロ君は、うちのお得意さんでね。色々と贔屓にしてくれるし、素材を斡旋したりしてくれるんだ。だからうちの方でも、逸品が入った時は彼に優先して知らせたり、消耗品の値下げなど、融通を図っている」

「そ、そうなのか……」


 ギュンター氏はため息をついた。


「その様子だと、どうやら知らなかったようだね。

 さて、お得意さんはあくまでアポロ君であって、君ではない。アポロ君がパーティーを抜けるなら、当然、そうした優遇措置もアポロ君にだけ引き継ぐよ」

「な、何だって?」


 今度は眼鏡をかけた兄さんが声をかける。


「藤花雑貨店も同様です。当店も冒険者に必要な道具を多く手掛けていますが、アポロさんがパーティーを抜けるなら、今後、あなた方は定価でそれらをお買い求めくださいね」


 その後も次々と、商店街の店主の面々が、アポロ君を支持する旨を告げていく。

 

 ……アポロ君の人脈、すげえ。冒険者に必要な要素のほぼ全てで優遇利かせてもらってんじゃねえか。


「ぐ、まさか、こんなに……」


 ガリムの奴、絶句しているな。


「ということです、ガリムさん。

 五千リーリア、ですよね?おそらくですが、商店街の皆さんのご厚意が全部なくなっちゃうと、一年もすれば五千リーリアの損失です。それ以上となると、今後更に赤字が続くことになりますよ。大丈夫ですか?」


 ここぞとばかりに畳みかけるアポロ君。ガリムの方はというと、


「くっ、まさかそんなことが……いや、しかし、戦力増強するにはどうしても新しいメンバーが必要……」


 明らかに狼狽えている様子だ。アポロ君が更に告げる。


「ただ、僕が弱いせいで皆さんに迷惑をかけているのは事実です。

 ガリムさん、僕を鍛えてもらえませんか?あなたが強いのは、僕が誰より分かっています。

 僕も少しでも強くなって、パーティーにもっと役立てるようになります」

「いや、しかし……」


 ガリムの奴、揺れてるな。


「どうします、ガリムさん?

 このまま僕をクビにするか、撤回するか」

「……わかった。撤回しよう」


 お、やった!って、やけにすんなり認めたな……あ、そうか。

 俺がアポロ君の方を見やると、彼の方も俺に向かって軽く会釈する。

 やっぱり使ったな、『交渉術』。


「皆さん、今回は本当にありがとうございます。

 僕、これからもっと頑張るので、今後もよろしくお願いします!」


 アポロ君が商店街の皆さんに頭を下げた。


「こちらこそ、今後ともご贔屓に」


 ギュンター氏始め、皆さんも同じような言葉を返すと、彼らは自店へと戻っていく。

 セイラがこちらに来て話しかけてきた。


「ユーゴ君、やったね」

「おう、セイラ。ありがとな」

「いえいえ。これを見越して商店街の皆さんに声をかけておくってのはユーゴ君のアイデアだし、この三日間、ユーゴ君もアポロ君と一緒に頭を下げてたでしょ」

「まあな。お願いできていない人も来てくれていることには驚いたが、それもアポロ君の人徳か。何にせよ、上手くいってよかったぜ。

 これで『ざまぁ』とやらも起こらんだろうし、初仕事は成功かねえ」

「うん、バッチリだよ」


 ……ん?ちょっと待て、ガリムの様子がおかしいぞ。


「こんなはずじゃ……何かがおかしい……シナリオが……」


 何やらブツブツ言っている。

 同時に、何だかどす黒い霧が発生して、ガリムの奴を包んでいる……!!


「何だあれ!?」

「まずい、ユーゴ君、ZPの残滓だ!!」

「はあ?どういうことだ!?」

「これから起こる『ざまぁ』劇を、ボクらが塗り替えた。

 『ざまぁ』を期待していた『閲覧者』達の怨念、つまり『ZPになり切れなかったパワー』を利用して、『クリエイター』が世界を強引に再調整しに来ている!」


 何だって!?

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