アポロ君の過去

 宿屋の客はほぼ部屋に戻っており、ロビーにいるのは俺とアポロ君だけだ。


「よう、少年」

「あ、どうも……」

「帳簿か?精が出るな」

「一応、パーティーの会計諸々担当なので」

「そうか。だが、裏方を全て任されているみたいだが、不満じゃないのか?」

「いえ、僕は肝心の実戦で役に立てないので、こういうところで貢献しないと。スキルもそっち向けだし」

「そうなのか。どんなスキルなんだ?」

「『交渉術』と言いまして、自分と相手の意見が拮抗した時に、自分の意見を通せるスキルです……微妙ですよね。相手を必ず説得できる、とかなら格好いいんですけど、あくまで「どっちに転ぶか分からない」くらいの状況でないと働かないんです」

「へえ、なるほどねえ。だがそのスキルなら、商人にでもなった方がいいんじゃないか?

「あはは、まあ、そうなんですけどね」


 少年は肯定するが、その笑いは乾いている。


「興味本位で申し訳ないが、そうまでして冒険者を続けるのは、何か理由があるのかい?」

「いえ、まあ、夢を諦めきれないだけですよ。

 僕はもともとゴバーナっていう町の出身なんですけど、亡くなった父が、そこで冒険者をしていて。町では結構有名な方で、みんなから頼りにされていて、僕もあんな風になりたいなあ、と。

 剣も魔法も練習してみたけど、どうも才能がないみたいで、全然なんです」

「なるほどな。ま、生き方は人それぞれだから、そこに口を挟むつもりはないが。その交渉術は、どこで磨いたんだ?」

「ああ、これはですね」


 苦笑するアポロ少年。


「ヘレン――僕の幼馴染で今もパーティーメンバーなんですが――彼女、子供の頃、よくいじめられてたんです。まあ昔から可愛かったし、子供のやっかみが原因なんですけどね。

 僕は彼女を守りたかったんですが、何せ腕っぷしじゃ勝てないから、どうにか口喧嘩で勝とうとして。それがスキルになったみたいです。

 ヘレンの方は逆に、すごいスキルが開花して、今じゃ僕とは比べ物にならないですが……」


 遠い目をするアポロ少年。何だか居たたまれない気分になってきたな。


「父が死んだあと、父の伝手を辿って、このバーの主人と出会いました。ヘレンも何だかついてきちゃって。そこからガリムさんに拾ってもらって、今に至る、って感じですね」

「なるほどな。だがな……」


 俺は声を潜め、アポロ少年に顔を近づける。


「どうも、パーティーの枠の関係で、ガリムの方もお前を外すことを考えているみたいだぞ」

「あ、やっぱりそうなんですね……それは何となく感じていました。

 でもどうしよう、今のパーティーを首になったら、また入れてもらえるところを探さないと……」


 おろおろしてるなー。

 思えば、リントはこんな感じじゃなかったな。あいつはもっとはっきりしていた。


「あのな。お前は立派にパーティーに貢献している。

 自分から抜けたいと言うなら別だが、残りたいのであれば、自分の有用性をちゃんと示すことも必要だぞ」

「え?」

「……俺の話をしようか。マスター、二杯頼む。……ノンアルで」

「あいよ」


 作業中に酒はまずいだろうからな。俺も酒が入ると、自分がどうなるか分からんし。

 マスターがジュースを運んでくれるのを待って、俺は話を再開した。


「俺もな、昔はパーティーのリーダーをやっててな。

 正直に言うと、パーティーの中でお荷物に感じていた奴を、クビにしたことがあるんだ」

「ええ!?そうなんですか?」

「ああ。今では、死ぬほど後悔している」


 むしろ一回死んだけどな。


「パーティーは実は、あいつが陰で支えていたんだ。当時の俺はそのことに気付けていなくて、考えなしにあいつを追放し、結果、パーティーは崩壊さ。

 だから、君たちパーティーの今の状態が気になっちまうんだ。昔の俺を見ているようでな」


 首を突っ込んでいる理由はそれだけではないが、これも俺の本心だ、嘘はついていない。


「君はどうしたい?

 このままパーティーを抜けるか?それとも残りたいか?」

「僕は――」


 アポロ少年からの返事は返ってこなかった。

 これ以上かける言葉はないな。今は時間が必要だろう。俺は席を立つ。


「ま、考えてみろよ。俺はしばらくこの宿屋に滞在する」



 ***********************


 部屋に戻ると、セイラが待ち構えていた。ちなみに俺たち、部屋自体は別々だ。


「ふふふ、いい感じに活動してくれているね」

「まあな。何ができるかはまだ分からんが」

「ユーゴ君なら大丈夫だと思うよ。

 こっちも、あのヘレンって子と少し話す機会があったよ」

「へえ、どうだったんだ?俺も、昔はアポロがヘレンを守っていたって聞いたが」

「あ、その情報既に入手済み?なら話は早いね。

 彼女はそれで、アポロ君にすごく恩義を感じていて、彼の元を離れるつもりはないって」

「そうか。となると、連中がヘレンの力を求める限り、追放の心配はなさそうか」

「普通なら、ね」

「どういうことだ?」

「忘れたのかい、ここは『アポロ君の追放』が前提となった世界だよ」

「『クリエイター』による干渉、か……」


 でも待てよ。ここがアポロ君を中心に回っている世界ならば、彼が追放されたところで、どうにかなるんじゃないか?俺はセイラにそのことについて聞いてみる。


「ぶっちゃけて言うとそうだね。

 主人公たるアポロ君と、ヒロインたるヘレンちゃんは、おそらくガリムのパーティーを抜けても上手いことやって、むしろ成功するよ」

「じゃあ、別に今のままでも問題ないんじゃあ?」

「ただ、ガリムたちの方はやばいだろうね。

 現状、アポロ君が抜けることによりどのようなデメリットがあるのかわからないけど、それが水面下から浮上してきて、最終的にえらい目に合う」

「それが『ざまぁ』とやらか」

「うん。その事態を防ぐのがボクらの目的。

 だから、追放劇自体を潰しちゃうというのは、方向性としては間違っていないと思う」

「なるほどな。あとはガリムの奴がどう追放してくるか、か」

「『クリエイター』のシナリオがどうなっているかだね。

 あんまり不自然にしちゃうと閲覧者の評価が下がっちゃうから、露骨なことはしないと思うけど、近いうちに絶対何かが起こるよ」

「そうか。俺もできることがないか、考えるか……」


 そしてセイラの不吉な予言は、三日後に的中することになる。

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