ケース1/冒険者ガリムと、冒険者アポロの場合

やって来ました、別世界

 セイラが言うには、これから別の下位世界に行く……らしい。


「どうやって行くんだ?」

「それはね、こうするんだよ」

 

 セイラが指をパチンと鳴らす。

 色とりどりの光が発生し、一転、周囲は明るさに満ちた。

 眩しさで何も見えない!

 

 しかしそれもしばらくすると落ち着き、辺りを見渡すと――



「……ここは、宿屋か?」


 俺たちがいたのは、それほど広くない一室だった。

 まず目につくのは、綺麗に整えられたベッド。

 窓、ドアが一つずつあり、ベッドの脇にはクローゼットが。

 ベッドの足元側には、小さめの丸テーブルと椅子が一つずつ。


 綺麗に整っているが逆に生活感のないその部屋は、宿屋の一室と思えた。



「そう。

 ここはニールトッド王国」

「ニールトッド?知らないな……」

「違う世界だからね。ここは冒険者専用の宿屋兼酒場で、依頼の斡旋なんかもここの店主が仕切ってるみたい」

「宿屋で依頼?ギルドは?」

「ギルドはなさそうだね……『ストーリー』をちらっと見た感じだと。

 さっきから言っている通り、ここは君のいたところにある程度似ているけど、あくまで全く別の下位世界だからね。細かいルールは当然違うよ」

「そうなのか……」


 何だか慣れないな。元の世界の常識は通じないと思った方がいいか。

 頭の整理が大変だ……。


 そんなことを考えていると、



『お兄さん、変わってるね?』

『うふふ、そうだね、何かへ~ん』


「うおっ、誰だ!?」


 頭に直接話しかけられるような感覚。

 不意打ち過ぎて心臓が跳ね上がったぞ……。


『ここだよ』

『ここだよ』


 くすくすと笑いながら話しかけてくる声が二つ……よく見ると、俺の周りには、赤い光の玉と、緑の光の玉がふわふわと浮いている。直径五センチくらいか。


「……何だこれ?」


 俺が呟くと、


「妖精……らしいよ」


 とセイラ。


「妖精?」

「うん。この世界では、こういう妖精が世界の幾所にいるんだって」

「何だか曖昧だな、一応神じゃなかったっけ?」

「だから、ここはもうボクの力が及ぶ下位世界じゃないからね。色々設定したのも、ボクとは関係ない別の『クリエイター』だから。

 ただ、この妖精たちの力を借りて、『魔法』が発動するらしい」


 セイラの説明もどことなく曖昧だ。妖精の力を借りる?どうやって?


「あはは、顔がハテナで埋まってるよ、ユーゴ君。

 ボクも見様見真似だけど、やってみるよ。例えばこの赤い子は、『火』の妖精」


 セイラは赤い方の火の玉に向かって話しかける。


「ねえ、妖精君、ちょっとこのランプに火をつけてくれないかい?」

『お安い御用だよ、お姉さん。魔力をもらうね』


 赤い玉がセイラに近づき、少し触れる。すると玉の明るさが一段と増し、そのままランプに向かって、一筋の光が伸びた。


「火がついた……」

「うん、成功したみたいだね。妖精君、ありがとう!」

『どういたしまして!』


 赤い玉はふわふわと窓から去っていった。それを見送っていたセイラだが、しばらくして俺の方に振り向く。


「とまあ、こんな感じ」

「すげえな。俺にもできるのか?」

「一応ね。ただ、妖精って結構気まぐれな存在で、力を貸してくれるかどうかは、その子の気が向いたら、なんてこともあるらしい。強力な魔法を使うには、妖精に愛されるスキルや、妖精の力をより引き出すスキルなんかが必要みたい」

「スキル?」

「うん。この世界の人々は、修練で様々な【スキル】を身に着けるらしい。『ロングソード使い』とか『曲芸師』とか。魔法系なら、『火炎魔法使い』『フェアリーマスター』なんて名前がつくらしいよ」

「そうなのか。ちなみに、俺たちにもその『スキル』はあるのか?」

「一応。君には『王国剣術中級』、ボクには『妖精の友』。どちらもこの世界では無難な部類だよ、目立つと困るからね。

 あ、身体能力は結構高めにしているから、そこは安心してくれていいよ」


 そうなのか。強さはあるに越したことはないから、それについては助かるな。


「それと一応、洗面所で鏡を見てきてごらん」


 促されるままに部屋を出て、共用の洗面所に。


「うおっ!?」


 やべ、変な声出た。……周りに誰もいなくてよかったな。


「あはは、ビックリしてるね」


 鏡の向こう側、セイラがひょっこりと顔を出すのが映り込んでいる。


「誰だ、これは?」


 そう、俺の姿は、生前とは全く違うものに変わっていた。

 前は茶色の長髪に、面長で鼻も高めの顔立ち、体格も筋骨隆々としていたはず。

 それが今や、体格は細目、髪は茶色だが短め、顔立ちも何だか幼い印象だ。


「前の感じだと、カッコいいって人もいるだろうけど、やっぱ威圧感があったからさあ。

 もう少し人懐っこそうな感じに変えてみた」

「そ、そうなのか。そう言うセイラの方は、見た目は変わってないように見えるが」

「そりゃ、ボクは自他共に認める美少女だから?変える意味がないよ」


 そう言って、腰に片手を当て、顔の横にピースサインでポーズを取るセイラ。

 くっ、こんなんでも十分に様になっている辺り、こいつの主張を否定できないのが若干腹立つ。

 っつーかやっぱ、可愛いなあ、ちくしょう!


「うふふ、ありがと。

 さて、本当はあと一つ伝えないといけないことがあるんだけど、そろそろ時間だ。いったん下に降りよう」


***********************


 階下に降りると、そこはセイラの話していた通り、バーのワンフロアとなっていた。適当な席に腰掛けると、ガラガラと外扉が開いて、五名の男女が入店してくる。恰好からすると、冒険者だろうか。


「おやっさーん、帰ったぞー」

「おう、お帰りよう、ガリム」

「依頼の品、持ってきたぜ」


 マスターは中年というべき年齢だろうが、大人の男の渋いオーラが溢れ出ている。一方マスターと親し気に話すのは、ガリムと呼ばれた金髪の男。なかなかのハンサムで、背中に大剣を背負っているのが印象的だ。


「そうかい。依頼人もお待ちだ。話を進めな。今日もアポロ君が対応役かい?」

「はい、マスター」


 そう返事が聞こえると、今度はガリムとやらとは対照的に、線の細い少年が前に立つ。

 他の面子は、拳や肘にプロテクターを装備したり、魔法用と思わしき杖を持ったりしている中、彼の得物は腰に差した短剣のみ……あんまり強そうに見えないが、大丈夫か?


 彼らはぞろぞろと空いている席に座る。


「ではヨークシャーさん、こちらがご依頼のアイスベアーの爪、十匹分です」


 少年が箱を取り出して、中を見せる。俺たちの位置から中身までは見えないが、魔物の討伐部位なりが入っているのだろう。

 ヨークシャーと呼ばれた小太りの中年の男――身だしなみはキチっとしており、それなりの立場である事が予想される――は、差し出された品を確認し終えると、小さく頷いた。


「ふむ、確かに。

 それでは依頼の達成報酬として、五十リーリアを……」


 リーリアってのはおそらく、この世界の通貨単位だろう。依頼人のヨークシャーが袋を取り出すが、


「お待ちください、ヨークシャーさん」


 少年が制止した。


「実はお願いというか、ご相談がありまして。

 今回、あなたの依頼のご要望は「なるべく早いと助かる」というものでした。

 それに我々は、三日で対応した」

「ええ。一種間程度かかるのは覚悟しておりましたので、マスターから本日のご連絡を頂いた際は、驚きましたよ。迅速に対応いただき、感謝しております」

「ただ、依頼の早期達成のために、我々も少し無茶をしましてね。ダンジョン内でも危険とされる、針山の谷を抜けたんです。よろしければ、その辺も鑑みて、報酬を見直していただけると……」

「ほう、つまり、もう少し報酬を上げてほしい、と」

「いえ、成果を見て判断してほしい、ということです」


 依頼人と少年、両方とも笑顔でやり取りしているが、中身はなかなかピリッとしてんな。


 しばらくの間、二人は笑顔を崩さず見つめ合っている。おそらく依頼人の方も、頭の中で算盤を弾いているのだろう。

 口火を切ったのは依頼人の方だった。


「わかりました、仕方ありませんね。

 三日で必要素材が手に入り、大変助かっているのは確かです。早期対応ボーナスとして、十リーリアを上乗せさせていただきますよ」

「ありがとうございます!!」


 勢いよく頭を下げる少年。


 俺はそれを見て、セイラにコッソリと話しかけた。


「あの少年、なかなかやるじゃねえか」

「うん。でも実は彼、このまま行くと、そのうちパーティーから追放されてしまうんだよ」


 ……何ですと?

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