ZP

 俺は、セイラの姿をした神、いや悪魔を、一刀両断にした。

 しかし……


「本当に、ごめん」


 斬った瞬間にセイラだったものは霧散し、気付けば背後で頭を下げている。


「うらあ!」


 斬る。


「ごめんよ」


 斬る。


「返す言葉もない」


 斬る。


「ボクたちが悪い、それは分かっている」


 斬る。


「君にはどう思われても仕方ない。君はそれだけの仕打ちを受けている」


 斬る。



 そうして、何百回も斬り続けたところ。



「……もういい、やめだ」



 斬っても斬っても現れ、謝罪を続ける姿に、斬るのにもだんだんと嫌気がさしてきた。

 よくよく思い出すと、俺の人生を決めたのはこいつではなく、別の『クリエイター』とやらだ。こいつを責めても、何の意味もない。

 

「悪い、俺も逆上した。お前が原因ではないのに」


「ううん、無理もないよ」


「それで、何故わざわざ俺の前に現れた?俺は死んだんだろう?」


 そう、その理由が分からない。

 ただ単に俺の転落劇を楽しむだけならば、俺が死んだところで放っておけばいいものを。


「うん。それを説明するには、もう少し下位世界の仕組みを知ってもらう必要がある。

 あのね、下位世界から見られるストーリーで、どんなものに人気が出るのかは、一定の流行りがあるんだ」


「流行り?」


「うん。例えばさっきも言った、主人公がすごい強い力を手に入れて悪をどんどん倒していく、とか。人気が出た作品があると、同じような流れの作品が乱立することがある。


 それでね。


 今の流行りは、『主人公に悪い影響を及ぼそうとした敵役が、何かしらの理由で転落の一途を辿る』っていう、『ざまぁ』物なんだ」


「『ざまぁ』?」


「うん。ストーリーの流れにはいくつかの流派があって、一概には言えないんだけど。

 上位世界での人気ランキング上位は、この『ざまぁ』物に席巻されていると言っても、過言ではないよ。


 そのせいで今は、ZPゼットピーというシステムが導入されている」


「ぜっとぴい?」


「うん、『ざまぁポイント』だね。

 どれだけ面白い『ざまぁ』劇を繰り広げられるかに応じて、閲覧者がZPを作品に投票するんだ。ZPを稼げば稼ぐほど、自分の世界に還元することができる」


「……クリエイターって、暇なのか?」


「まさか!?

 むしろみんな、色々忙しいんだよ。

 昔は、ストーリーを作る仕事は専門の人が担っていたけれど、今では副業でやる人も多い。『一億総クリエイター社会』なんて言葉もあるくらい。


 本業の方で、色々ストレスが溜まるからね。要はみんな、何かしらの捌け口が欲しいのさ」


「……だとしても、転落する様を眺めて悦に浸るなんざ、良い趣味とは思えんけどな」


「うん!そうなんだよ!」


 我が意を得たとばかりに、急に声のトーンが上がるセイラ。


「ボクは元々『見る専』――集まったストーリーを眺めて楽しむ側だったんだ。

 昔は色々あって、楽しかったなあ。心躍る冒険譚、胸がキュンとする純愛、背筋が凍るような怪談。

 でも今となっては、ランキング上位は『ざまぁ』ばかり。

 下位世界の人たちも可哀そうだよ。ボクらの都合で人生を変えられて。


 だけど、ボク一人だけじゃ、状況を変えることができなかったんだ。

 何故なら、どんなストーリーを作っても、微々たるポイントしか得られなかったから。


 でも、コツコツ貯めたポイントで、ボクは力を得た。

 そんなに大きくはないけれど、ある捨てられた世界に干渉できるくらいには」


「捨てられた世界?それはつまり……」


「うん、君たちの世界のことだよ。

 『ざまぁ』劇に一定の区切りがついて、この世界の公開は終わったんだ。

 ボクはそういう世界を探し出して、結果、君を見つけた。で、危険はあるんだけどここに忍び込んで、捨てられた君の魂を回収しに来たんだ」


「……何のために?」


「ボクの目的は、他の下位世界で繰り広げられる『ざまぁ』劇を阻止すること」


「ほう」


「ただ、その世界の主から見れば、それはテロ行為だからね。

 さっきも言った通り、ボクが力として使えるポイントは少ない。だから、協力者が必要なんだ」


「その協力者が、つまり俺?」


「そう。下位世界の住人である君なら、他の下位世界でも動きやすい。

 だからボクと一緒に、『ざまぁ』が予定されている下位世界に侵入してほしい」


 なるほど……。

 だが、こいつが目論んだことではないとはいえ、俺に対する『ざまぁ』とやらは、クリエイター共の戯れが原因であることは事実。そんな連中に協力する義理なんてあるのか?


「もちろん、タダでとは言わない。

 いくつかの下位世界を訪れて、『ざまぁ』阻止の活動をする。

 それがひと段落ついたら、君のことは解放するよ。


 ボクが、君が元いた世界に似せた世界を創ろう――完全に同じものにするのは難しいけど。

 そして、君にとっての二十年前に戻してあげる。人生をやり直すといいよ。もちろん、ボクは介入しない。

 更に。やり直しの際は、君の願いを一つだけ叶えよう」


 そいつはちょっと、心が揺らぐな。


「……ダメ?」


 一転、泣きそうな眼でこちらを見つめるセイラ。

 ……ダメだ、昔からその眼には弱いんだ。


 とは言え。



「それはつまり、俺と同じような境遇の連中を救う、ってことだな?」


「うん、もちろん!」


「じゃあ、話は決まりだ。

 お前に協力して、その『ざまぁ』劇とやらをぶっ潰す。苦しむ奴がいない状況に塗り替えてやるよ」


「本当だね!?ありがとう~!!」


 そしてその笑顔。

 泣きそうな表情からのその反転に、子供の頃何度やられたことか……。


「ああ、何度も言わせるな、協力する。

 さあ、早くその『下位世界』とやらに案内しろ」


「うん!実はもう、最初の世界は決めてあるんだ。

 君らと似たような、冒険者たちが活躍する、剣と魔法の世界だよ」

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