25.不思議な魔法

 リュートの視界から私たちが消えてしばらく、彼は何もせず立ち尽くしていた。

 急に思い出したかのようにキョロキョロ周りを見だし、黒い球体であたりを削り回る。


「ドこにイったの~」

「こっちだよ」


 先生の声にリュートが反応する。

 黒い球体が先生を襲い、身体に当たったかと思いきやすり抜ける。

 彼が攻撃したのは先生の虚像。

 本体は別、リュートの頭上から見下ろしていた。


「ユナン、見ているかい? 君ってやつはいつも僕を困らせる。まったくいい加減にしてほしいよ」


 空間が歪み、別世界が作り出される。

 白い植物に覆われた大地と、赤い空。

 不気味な森の中に放り出されたリュートは、無邪気な子供の様に木々に触れる。

 触れた木々は根を張り、ツルを伸ばし、リュートを拘束する。


「今だよ、アリス」

「はい!」


 その隙をつき、私は後ろからリュートに抱き着いた。

 想像するのは、彼の精神世界。

 彼を助ける唯一の方法は、魔女の因子に囚われた彼の心を解き放つこと。

 だから私は、彼の精神世界へ入る為、身体に抱き着いた。


  ◇◇◇


 暗くて静かな世界を漂う。

 精神世界は、想像していたよりも殺風景だった。

 私に想像できたのは、彼の心の中に入ることだけ。

 この空間は、彼の心そのものだ。


「何も見えない……けど」


 どこかに彼がいる。

 私は右へ左へ視線を向け、名前を呼んでみる。


「リュート君! 助けに来たよ!」


 返事はない。

 ただ、小さな声で聞こえてくる。


 誰も僕を見ていない。

 どれだけ努力しても、成果を出さなければ罵倒されるだけ。


「この声……」


 彼の心だ。

 悲しそうに泣いている。

 一緒に流れ込んでくるのは、幼い日から今日までの記憶。

 貴族の嫡男として厳しく育てられ、期待され、常に張り詰めた日常。

 休むことは許されない。

 歩みを止めれば、見捨てられるかもしれない。

 そんな恐怖から逃げるように、彼は強さを、完璧を求めて努力していた。

 一人ぼっちで……


「頑張ったんだね」


 努力は他人の目に映らない。

 近くで見ている人が認めてくれなければ、結果が伴わない努力なんて無意味に等しい。

 努力する彼の姿を、誰も褒めていなかった。

 頑張っているね……そんな一言すらかけられなかった。


「ずっと……ずっと頑張ってたんだ」


 もしも私に、先生との出会いがなかったら。

 魔術師の才能がないまま、魔術師を目指そうとしていたら。

 きっと同じように、努力しても認められず、褒められず、ただただ追い詰められて……

 いつか張り詰めた糸が切れてしまっていただろう。

 彼の声が弱々しく聞こえる。


 もう良いよ。

 誰も僕を見ていないのに……頑張ったって意味ないんだ。

 

「そんなことない!」


 何も知らないだろう?


「知ってるよ! 私は見たよ! リュート君が頑張ってること!」


 うわべだけの言葉じゃ届かない。

 彼の心は弱まって、今にも消えてしまいそうだ。

 私に言えるのことは何だろう。

 彼の心を救いだせるような、強い言葉なんて持っていない。

 私たちは友達じゃないし、お互いに何も知らない。

 他人に何を言われたところで心には響かない。

 それでも――


「私も! 先生に出会わなかったら同じになってた! 先生と出会えたから、今が幸せだって思えるの!」


 伝えられることはある。

 私が知っていることを、彼にも知ってほしい。

 大勢じゃなくても良い。

 ただ一人、たった一人で良いから、自分を見てくれる人さえ見つけられたら。


「いつかなんてわからない! それでも生きていれば、いつか出会えるかもしれないよ! 君の心を真っすぐに見てくれる人が!」


 そんなの何の根拠もないじゃないか。


「根拠なんてなくても、私が想像するよ! 君が幸せになれる未来を、大切な誰かと出会える日を!」


 どうして……そこまでするんだ?

 君は僕の何だ?

 ただの他人なのに。


 そう、他人だ。

 彼にとって私は赤の他人。

 声は届いても、心までは響かない。

 あと少し、嘘でも構わない。

 夢と希望に満ちていて、想像を膨らませるような言葉があれば。


「私はアリス! 不思議の国から来た魔法使いだよ!」


 魔法……使い?


 私は手を伸ばす。

 彼がその手を掴む。


 ああ……何だろう?

 言葉にしがたい気分だ。

 まるで――不思議な魔法にかけられたような。


 触れ合った手が光り輝き、世界を明るく照らす。

 私の言葉は届いたのだろうか。

 少しでも想像してくれたのだろうか。

 幸福な未来を。

 だったらきっと、大丈夫。


  ◇◇◇


「どうして僕を助けたんだ?」


 目覚めた彼は開口一番に疑問を言葉にした。

 隣に立っている私を睨むわけではなく、ただじっと見ながら。


「僕は君に酷いことを言った。助けられる資格なんてなかったんだ」

「助けたのは私じゃありません。リュート君が自分で、幸福な未来を想像できたから、戻ってこれたんです」

「幸福な未来……覚えていない。本当にそんなの……あるのかな?」

「ありますよ! 私にだって想像できたんだから!」


 私は胸を張って言い切った。

 思い返せばよくないことばかりだったけど、今の私は幸せで満ちている。

 ほんの些細な切っ掛けや出会いで、人の一生は大きく変わるはずだ。


「……そうか」


 彼は小さく微笑む。

 つきものが取れたように。


「幸せを想像する……か」

「先生」

「僕にも想像できるかもしれない。君を見ていると、そう思えるよ」

「はい!」


 魔女の存在は、先生にとっての希望に他ならない。

 そして私にとっても。


 先生の呪いを解くこと。

 私はいつか必ず成し遂げる。

 先生と、ライカとレナと、幸せな未来を掴むために。

 私はいつも、想像し続ける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

貧乏アリスの不思議な魔法 ~父は裏切り母は過労で倒れ、貴族界を追放された私は家族を守るため、忘れられた大賢者様の弟子になりました。想像を現実に変える魔術で全ての理不尽を打倒します~ 日之影ソラ @hinokagesora

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ