24.先生のように

 寒気が治まらない。

 先生の言葉も聞こえてしまって、目の前いる彼がもはや別人にしか見えない。

 

「魔女……?」

「気をつけてアリス。あれはもう、人じゃな――」


 先生の声は最後まで聞き取れなかった。

 私がいた地面が抉れている。

 彼の動きに反応できなかった私は、遅れて恐怖が背筋を凍らせる。

 私が無事でいるのは、帽子屋さんが私を抱えて躱してくれたお陰だ。

 そうでなければ今ごろは全身潰されていただろう。


「ありがとう帽子屋さん」

「お礼は良いよ。それより目の前に集中して。今の動き、以前の彼とは全く違うようだね」

「う、うん」


 私には見えなかった動きを、帽子屋さんは捉えていた。

 それくらいのことは出来るはずだ。

 まだ私の想像が、変貌した彼の動きに付いてきている。

 ただし、帽子屋さんが驚いているということは、想像の域を越えかけている証拠。

 仮に今の動きが全力じゃないのなら……


「来るよ! 集中して」

「はい!」


 帽子屋さんは私を抱えながら跳ねまわり、リュートとの間合いを見計らう。

 先生は翼を広げ、上から私たちを見下ろしていた。

 対するリュートはだらんと両腕を下げている。

 雰囲気はもちろん、立ち振る舞いからして別人のようで。


「怖い」


 と、素直に思ってしまった。

 私は拳をぐっと握る。


「アソぼ~」


 リュートが私に笑みを浮かべる。

 彼の背後には黒い小さな球体が複数出現。

 黒い球体は高速で彼の周りをグルグルと回転して、そのままの勢いで私に放たれる。


「速いね! 少し揺れるよ」


 帽子屋さんがステッキから剣を抜き、黒い球体を斬り払おうとする。

 しかし、刃が球体に触れた途端、真っ二つに折られてしまった。

 すかさず距離を取ろうとするも猛追され、帽子屋さんは私を放り投げる。

 私は何とか空中で身を捻り、地面に着地した。


「帽子屋さん!」

「手荒くなってごめんね。でもこれはまずいな」


 私が見た時にもう、帽子屋さんの右腕がなくなっていた。

 黒い球体は高重力を帯びている。

 おそらく私たちが以前に経験したものの数十倍。

 触れた箇所を削り取り、粉々に粉砕してしまう。

 帽子屋さんの腕も球体に削られ、光の粒子になって消えていく。


「アリス、逃げることをお勧めするよ! あれは想像を超えてしまう」


 帽子屋さんの身体を、黒い球体が削っていく。

 魔力の塊である帽子屋さんの身体は、本来鋼鉄よりも固く頑丈だ。

 私が想像した通りなら、大岩をぶつけられたって傷一つ付かない。

 その帽子屋さんの身体を、いともたやすく削ってしまう威力……つまり、それだけの魔力密度であるということ。


「想像の刷新をしなきゃ」


 あれに耐えられる想像をしなくては。

 そう考えた時にはもう、球体は私の目の前に迫っていて――


「あっ――」


 一瞬、死を覚悟した。

 回避は間に合わないと悟ったから。

 そんな私の前に、格好良くて頼もしい背中が現れる。


「彼女を傷つけさせはしないよ」

「先生!?」


 先生が現れると、空間が氷河への変化する。

 球体とリュートごと凍らせるも、バキバキと音を立て砕ける。


「これじゃ止まらないよね。でも時間は出来た」


 パチンと指を鳴らす。

 そのまま私を囲むように、先生の空間が周囲に展開される。

 真っ白くて何もないただの空間に私たち二人だけがいる。


「これでしばらくは隠れられる。とはいえ時間の問題だけどね」

「先生、どうして?」

「僕自身の肉体を想像したんだよ。本体じゃないから全力は出せないけど、君を失いたくなかったからね」


 先生の手が私の頭を優しく撫でる。

 優しさに触れたお陰で、少しだけ恐怖が和らいだ。


「先生、彼はどうしちゃったんですか? さっき言ってた因子って?」

「どうやら彼は魔女に唆されてしまったようだね。嫌な予想があたったよ……彼は今、魔女の助力を受けているんだ」

「そ、それって……魔女が生きてるってことですか?」

「さぁどうだろう。まだ確定できないけど、彼が魔女因子を取り込んでいるのは事実だ。魔女の力は強大過ぎて、普通の人間が使えば暴走する。今の彼はそういう状態なんだよ」


 強大過ぎる力は自らを滅ぼす。

 先生曰く、魔女は心が弱った人間を唆し力を貸す。

 その力によって暴走し、破滅する様を見ながら笑っている。

 趣味の悪い女性なのだと。


「こうなってしまえば、彼自身の肉体が壊れるまで暴走は続くよ。今は君に向けられている興味も、いずれ他に移る」

「そんな! そうなる前に止めないと」

「うん。最悪殺してでもね」


 殺して……

 悲しい瞳で先生は先を見据える。


「殺す……以外に方法はないんですか? 彼を足する方法は」

「あるよ。でも正直危険だし、彼は君を侮辱したんだよね? そこまでする義理はないんじゃないのかな?」

「そんなの関係ありません。目の前で苦しんでいる人がいるなら……私は助けたい。お母さんならきっとそうする。私は助けられる命を見捨てたくありません」


 例え相手が誰であっても。

 その人が苦しんでいるなら手を差し伸べたい。

 あの時、先生が私にそうしてくれたように。


「そういう所が凄いんだ。君は」


 先生は笑う。

 嬉しそうに、誇らしげに。

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