23.魔女の因子
王国の貴族界を席巻する四つの名家。
フェレス家はそのうちの一人であり、かつてはクレイスター家も同様に名を連ねる大貴族だった。
クレイスター家が失脚して以降、国民の貴族に対する期待の声は減少。
王家に次ぐ権力を有していることに、他の貴族からも疑問の声が上がった。
その結果、貴族同士で権力の奪い合いが起きている。
無論、表立っての行動はない。
水面下で今もなお、互いの寝首を欠こうと聞き耳をたて、牙を研ぐ。
そんな中、名家に生まれた嫡男ほど、過度な期待と重圧を与えられ続けていた。
「いいかリュート? お前はフェレス家の未来を担う者として、常に強く正しく振舞わなければならない。我々こそ貴族の模範なのだ」
「はい。わかっています父上」
「わかっている……か。本当にわかっているのか? フェレス家の名を持つ者が、落ちぶれた旧貴族の娘に負けたのだぞ! それで何がかわったのだ!」
「っ……」
魔術学園の試験は、貴族であれば自由に見学することが出来た。
つまり、彼の父親はその眼で見てしまったのだ。
没落貴族の娘に自身の息子が大敗をきす姿を。
裏切者である旧友を罵り、落ちぶれた名家とその娘を見下していた彼にとって、それはあってはならないことだった。
「リュート! お前はフェレス家の人間として強くなければならんのだ! 誰にも負けるな! 落ちこぼれに敗北するなどあってはならない!」
「……はい。申し訳ありません」
「いいか? もし次に失態を見せることがあれば、お前の居場所はここにはないと知れ」
リュートの父は彼に冷たく言い放ち、部屋を出て行く。
扉を閉める勢いは激しくて、閉じた途端にバタンと大きな音が鳴り響いた。
大きな音の後に訪れる静寂は、余計に虚しくて寂しいものだ。
「……くそっ、こんなはずじゃ……」
こんなはずじゃなかった。
彼は悔しさに唇をかみしめる。
彼女を侮っていたことは事実だが、決して驕りがあったわけではない。
リュートはフェレス家の嫡男として恥じないように日々努力を重ね、現役の魔術師に匹敵するまでに成長していた。
学生では誰にも負けないという自信を胸に、彼は試験に臨んでいた。
その自信を絶った一戦で砕かれ、彼のプライドはズタズタに傷つけられてしまった。
「アリス……アリス・クレイスター……」
憎いかい?
「何だ?」
恨めしいかい?
「声が……頭の中に聞こえて……」
突然のことに困惑するリュート。
彼の脳内にはゆっくりと、不気味な女性の声が響いていた。
周囲を見回しても誰もいない。
頑張ったのに悔しいねぇ。
大変な思いをしたのに、誰も見てくれないねぇ。
期待に応えたいんでしょう?
強い力が欲しいと思うなら、ワタシの声をよーく聞いてね?
「くっ……何なんだこの幻聴は! 僕を馬鹿にしているのか!」
両耳を塞いでも聞こえてくるその声は、彼の内に抱える闇をさらけ出す。
声だけでわかる不気味さと不快感。
しかし聞き入ってしまうその魅力に、リュートの心は綻んでいく。
「力だと……僕は自分の力で上を目指すんだ」
あなたの力よ。
全てはあなたの内に眠っているの。
「僕の……中に?」
そう。
だからよーく聞いて。
受け入れてくれれば、ワタシがあなたを導く。
「僕を……導いて……」
リュートはふらつき倒れそうになる。
おぼろげな視界の先に、声の主たる女性の虚像を見る。
彼は彼女を受け入れるように、そっと手を伸ばした。
伸ばしてしまった。
「ありがとう。これからは一緒に――狂いましょう」
魔女は囁く。
己の快楽を満たすために。
◇◇◇
学園に通うようになってから数日が経過した。
行われる講義は選択制で、自分が興味をもった内容なら受けるし、気にならなければ他を見つける。
最悪何も受けなくても、定期試験を通れば進学は可能らしい。
先生も現代の魔術講義には興味があって、最初は熱心に色々と参加してのだけど……
どうも現代よりも先生の時代のほうが魔術は発展していたみたいだ。
私も講義を受けながら、先生に教わったことの方がもっと詳しかったなと思う箇所が多い。
数日経った今では興味が薄れてきて、演習場を借りて自主練習をすることが増えた。
「帽子屋さん、動きはどうですか?」
「うーん、いいね。以前よりイメージが固まったのかな? 動きやすいよ」
「それなら良かった」
「毎日の読書が生きてきているね」
フクロウの先生が言葉を話す。
普段はみんなにバレないようにしているけど、今は私たちしかいない。
ライル君とイリーナさんは受けたい講義があるみたいで、そっちに行っている最中だ。
もうすぐ一度こっちに戻ってくる時間だけど。
ガタン。
と思っていた所で、演習場に誰かが入ってきた。
二人だと思って振り向くと、そこには意外な人物が立っていて。
「リュート……さん?」
「アリス……」
何だか雰囲気が変だ。
感じられる魔力が異質で、立っているだけで寒気がする。
こんな悪寒は今までに感じたことがない。
「これはまさか……」
「先生?」
先生の声色が曇る。
不穏な空気を一周するように、リュートはニコリと不気味に笑う。
「僕と……アそぼうヨ」
寒気が急激に強くなる。
もはや人間と対峙している感覚ではなくなっていた。
震える私の肩で、先生が呟く。
「魔女の因子」
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