22.入学

 清々しい風がふく。

 青空に浮かぶ雲が白くゆったりと見える。

 天気な良好。

 門出にはぴったりな陽気に包まれながら、私は玄関に立つ。


「それじゃ行ってきます! ライカ、レナ、ちゃんとお留守番しててね?」

「はーい!」

「レナお留守番頑張るよー!」


 二人とも元気に手を振る。

 寂しい思いをしないか心配だったけど、元気な二人を見て安心した。

 何より、先生もいてくれる。


「二人のことお願いしますね、先生」

「任せたまえ」


 先生が二人を見てくえるから、これからも安心だ。

 私も気兼ねなく学園に通える。

 あの日、先生を引き留められたことを改めて嬉しく思いながら、私は玄関の扉に触れる。

 ぐいっと扉を押し開けて、改めて言う。


「行ってきます!」

「「いってらっしゃーい!」」


 二人に見送られながら私は屋敷を出発した。

 入学試験の結果はあっけないくらい淡々と発表された。

 もちろん合格。

 私が受かっているし、きっと二人も合格しているに違いない。

 早く会いたい気持ちに身体を急かして、速足て歩く。

 すると、空から一羽のフクロウが舞い降りて、私の右肩に止まった。

 

「ちゃんと見えてますか? 先生」

「ああ、見えているよ」


 フクロウと会話するなんて、昔なら想像できなかっただろう。

 肩に止まったフクロウは先生の魔術で作られていて、先生と意識や視覚を共有している。

 先生から突然、自分も学園を見てみたいと言われた時は驚いた。

 方法を考えてたどり着いた結論がこれだ。

 今さら入学なんて出来ないし、部外者の立ち入りは厳密に禁止されている。

 ただし、使い魔なら問題なく出入りできる。

 フクロウの使い魔は割と多いし、しゃべらなければ目立ちもしない。

 まさか偽物で、中身が賢者様なんて誰も思わないだろう。 


「我儘を言って済まないね。現代の魔術師の学び舎は、個人的にも興味があるんだ」

「いえ全然。私も先生と一緒なら嬉しいです」

「そう言ってくれると思った。あーそうだ。学園でしゃべるわけにはいかないから、先に意識共有だけしておこうか」

「はい」


 互いの意識を繋いで、音を介さず言語のやり取りを可能にする。

 特別な魔導具がないと普通は出来ないけど、私たちの場合は出来ると思えば出来てしまう。

 私は目を瞑り、先生と意識を共有した。


(これでどうかな? 聞こえるかい?)

(聞こえますよ先生)

(よし。じゃあ普段はこれで会話をしようか)

(はい!)


 先生の声が頭の中に響いてくる。

 不思議な感覚だけど、嫌気はもちろんない。

 むしろ心地良い。


 それから真っすぐに歩いて、私たちは王城敷地内に入る。

 入学試験の時は混雑していた道も、今日はそこまで混みあっていない。

 お陰で、見知った顔を見つけるのは簡単だった。


「ライル君! イリーナさん!」

「おっ、その声は」

「アリスさんの声ね!」


 前を歩く二人を見つけて、私は大きく手を振った。

 気付いてくれた二人が振り返り、その場で立ち止まって私を待つ。

 私は駆け足で二人の所に向う。


「おはようアリス。やっぱ合格してたか」

「当たり前でしょ。私たちが合格してて、アリスさんが落ちるわけないわ」

「そりゃそうだ。期待の星だもんな」

「変な言い回ししないの!」


 二人の相変わらず軽快な会話は、聞いていて和むから好きだ。

 私が笑うと、頭の中に声が響く。 


(この二人が話していたお友達かい?)

「え、はいそうです」

「ん?」

「アリスさん?」


 思わず口に出して答えてしまった。

 私は恥ずかしくて顔を真っ赤にしながら、両手をパタパタと降る。


「な、何でもないです」


 キョトンとする二人。

 私は何とか誤魔化して、二人の後に続いて歩く。


(はははっ、急に話しかけると驚くよね)

(ごめんなさい先生。慣れるまで時間がかかりそうです)

(いいさ。それで、彼らがそうなんだろ?)

(はい)


 私は前を歩く二人の背中を見つめながら、先生に教える。


(男の子のほうがライル君、女の子がイリーナさん。二人とも王都から離れた街の貴族で、小さい頃からの幼馴染らしいです)

(なるほど、道理で仲がいいわけだ。見ていて面白いね)

(ですね。とってもいい人たちで、私の家のこととか、お父さんのことを聞いても変わらず接してくれるんです)

(そうか。本当にいい出会いがあったようだね)


 先生に言われて、改めてそう思う。

 二人と出会えたお陰で、学園に通う楽しみが一つ増えたんだ。

 一人より二人。

 誰かと一緒に楽しめるほうがずっと良い。

 たぶんそれは、私よりも先生のほうが知っていると思う。

 二人との出会いは、間違いなく良い出会い。

 対照的によくない出会いもあった。


「あっ」

「アリスさん?」

「どうかしたか?」


 二次試験のことを思い出した直後に、私の視界に彼を見つける。

 私の視線の方向を見た二人も、彼が歩いていることに気付いたようだ。


「あいつあの時の嫌味な貴族じゃん。何で? あいつも合格したのか? 二次試験はリタイアしたのに?」

「説明聞いてなかったでしょ? 二次試験は最後まで残らなくても、撃破数が多ければ普通に通るのの。じゃないと不公平でしょ?」

「あ、そうなのか」


 ライル君は初耳と言わんばかりの反応を見せる。

 呆れるイリーナさんはやれやれと首を振る。

 

(浮かない顔だね。もしかして彼が?)

(はい……その、試験で色々言われて……)

(そうか。うん、なるほど良い具合に荒んでいる感じだ)


 不意に彼と目が合う。

 一瞬だけ睨まれて、すぐに目をそらしてしまった。


(――彼女が好きそうだ)

(え?)

(魔女だよ。ああいう余裕のなさそうな男を弄ぶのが、彼女の趣味だったからね)

(それは……)


 趣味の悪い。

 もし魔女が見ていたら、きっと良くないことが起こるに違いない。

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