21.これからのこと

 キスの味を知った私は、しばらくその余韻に浸っていた。

 大人な先生は普段通り。

 優しい瞳で私のことを見守ってくれている。

 手と手が、肩と肩が触れ合っているだけでも幸せなのに。

 唇同士が触れ合うなんて、もう言葉に出来ないほど幸せだった。

 もう少し余韻に浸っていたい。

 だけど夜の時間は有限だ。

 話したいこと、確認したいことは他にもある。

 特に今後のことを。


「先生、私その……何の根拠もなく先生の呪いを解くって言ってしまって……」

「大丈夫、わかっているから」

「ごめんなさい……」

「謝らなくて良い。あの時の君の言葉に、僕は救われた。期待してもいいかと言ったのも嘘じゃないよ」


 先生は私の言葉に根拠がないとわかっている。

 それでも、期待すると言ってくれた。

 嘘はないとも。

 素直に嬉しくて、また表情が綻んでしまう。


「僕にもまだ、解決する方法はわからない。けれど、可能性の話だけなら出来るんだ」

「可能性? 何か方法があるんですか?」

「方法と呼べるのかな……アリスは、魔法って言葉を知っているかい?」

「はい。一応は」


 これまで読んだ童話や絵本の中に、度々『魔法』という言葉が使われていた。

 定義はよくわからないけど、不思議な力で奇跡を起こす描写が多かったと思う。

 特別な言葉を発して奇跡を起こす。

 物を生み出したり、炎や水を操ったりしていた。

 

「だから魔術と同じなのかなと思ってけど、違うんですか?」

「うん、違うよ。魔術と魔法は別物だ。魔力を元にするという点は一緒だけど、根本的に違う物ではある。ただ、どう違うかと言われると僕には説明できない」

「説明できない? 先生にも?」

「だって僕は魔術師だからね。この世界で魔法使いを名乗れるのは唯一、魔女だけなんだ」


 魔女。

 先生を除き彼女の名を知る者は、現代には存在しない。

 どういう存在なのか。

 生まれや経緯、生涯の終わりまでの一切が忘却されている。

 私も先生に聞くまでは、魔女のことなんて知らなかった。

 唯一名前だけは知っている。

 どこで見たわけでもなく、本に残っているわけでもない。

 それでも知っている理由は……


 かつて魔女が、世界を滅ぼしかけたから。

 その恐怖と絶望が、私たちの遺伝子に深く刻まれているから。


「魔女ユナン、彼女は人間を見下していた。遊ぶための道具程度にしか思っていなくて、面白そうだからと国を亡ぼしたり、魔獣を放ってみたり。本当にやりたい放題だったよ」

「そんなに……前に魔女は意地悪だって聞きましたけど、そういう次元じゃありませんね」

「全くね。かくいう僕も彼女には振り回されたよ。最後の瞬間まで……僕に呪いを残してさ」


 旧友を懐かしむように先生は語った。

 魔女というくらいだし、相手は女性なのだろう。

 だからなのか、ちょっと嫉妬してしまう自分がいる。

 呪いと言うのも、魔女が先生に執着した証なのかもしれない。

 誰の記憶にも残らない先生を覚えていられるのは、その魔女だけだろうから。


「っと、話がズレかけてしまったね。何が言いたいかと言うと、この呪いは魔法で、僕たちのは魔術なんだ。つまり別物だから、僕たちじゃ解呪できない」

「それじゃあ魔法が使えたら解呪できる?」

「そう、だと思ってる。これは魔女本人が言っていたことなんだけどね? 僕たちの術式は、唯一魔法に近いんだって」


 想像を現実にする魔術。

 不可能すら可能にしてしまう力。

 先生曰く、常識では考えられない奇跡を起こすという点で、私たちの術式は魔法に近いらしい。


「要するに、私たちの魔術を魔法に昇華させられたら、呪いを解くことも可能化もしれないんだ」

「魔法に昇華……」

「それが一つ目。もう一つ……これはもっと低い可能性だけど」


 そう言って先生は言いよどむ。

 難しい表情を見せる。


「先生?」

「……何度も断っておくけど、あくまで可能性の話だ。もしも……本当に起こっていたら、僕たちだけの問題じゃなくなる」

「えっと、それってどういう……」


 私にはまだピンとこない。

 言うべきかを悩んでいるように複雑な表情を浮かべる先生。

 もったいぶるように間を空けて、先生は口を開く。


「魔女が未だに生存している可能性だよ」

「え……でも魔女って」

「そう、死んだよ。僕がこの目で確認している。だけど彼女に常識は通じない。死んだように見えて、実は生きていましたっていう可能性もなくはない」


 先生は自分の胸に手を当て、話を続ける。


「実を言うとね、彼女の死後に呪いが残っていることに……少なからず疑問は感じていたんだ。ちゃっかり生きているなら、何の疑問もない」

「それなら……どうして姿を現さないんですか?」

「さぁね。わからないけど、もし生きているならその時は――」


 続くセリフを先生は口にしなかった。

 躊躇って呑み込んだように感じた。

 先生と魔女。

 二人の関係は、単なる敵同士では終わらない気がしている。

 今はまだ聞いても答えてくれなさそうけど、いつか先生の口から聞こえるのだろうか。


「魔女……」


 もしも生きているなら、私も会ってみたい。

 そう思いながら、夜空を流れる星の光を眺めた。

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