17.ただいま

 私がリュートを倒した数分後。

 試験終了の鐘の音が会場に響き渡った。

 続けて試験監督の声が会場に残った受験者に伝える。


「これにて二次試験は終了します。三十分後にこの空間は消滅しますので、受験者の方々は速やかに退室してください」


 私たちがいる場所は一見屋外の森に見える。

 だけど、全てが魔導具で生成されていて、実際は受験者の一割すら入れり切らない部屋だ。

 魔導具が停止すれば、空間を維持できずに消滅する。

 その余波に巻き込まれる前に、早く部屋を出て行かないといけない。

 とは言え試験は終わった。

 緊張は完全に解れ、身体から力が抜けていく。


「アリス!」

「アリスさん!」


 そこへ二人が駆け寄ってきてくれた。

 重力も完全に消失して、自由に動けるようになったようだ。


「二人とも身体は大丈夫ですか?」

「オレたちは平気だよ。ありがとな、アリス」

「アリスさんのお陰で最後まで残れたよ!」


 二人の視線からはまっすぐな感謝が感じ取れる。

 お母さんやライカたち以外に感謝されたのは初めてかもしれない。

 だから歯がゆくて、恥ずかしい。

 

「ど、どういたしまして」


 それでも悪くない気分だった。

 頑張ったことが結果に繋がって、誰かのためになるのは嬉しいことだ。

 これで先生にも良い報告が出来る。


「残り二十五分です」


 放送がタイムリミットを告げ、残っている私たちを急かす。


「急げって言われてるね」

「そんじゃさっさと出ようぜ」

「うん。あ、でも待って」


 私は視線を下げる。

 そこには、帽子屋さんに意識を奪われ倒れているリュートの姿があった。

 意識を失ったまま目覚める気配がない。

 このままだと空間消失まで目覚めないかもしれない。

 そう思ったから、私は彼をおんぶすることにした。


「おい、いいのかよ。そいつアリスのこと馬鹿にしてたんだぜ?」

「酷いことを言っていましたね」

「うん……でも、放っておけないから」


 嫌なことはたくさん言われたし、二人の言いたいこともわかる。

 放っておいても誰かが拾ってくれるかもしれない。

 でも、彼が気絶しているのは私の所為だから。

 もしものことを考えたら、自分で連れて行こうと身体が動いていた。


「お人好しだな。オレが背負おうか?」

「ううん、大丈夫」


 ちょっと重いけど、背負える。

 それに私が背負うべきだ。

 自分のしたこと、やりたいことには責任をとる。

 魔術師になるならきっと大切なことだと思う。


  ◇◇◇


 屋敷の庭で駆け回る二人。

 一緒に遊んでいる小さな生き物たちは、すべて想像の産物。

 二人を見守る優しい先生の瞳が、戻ってきた私に一番最初に気付いた。


「お帰りなさい。アリス」

「ただいま戻りました。先生!」


 試験を無事に終えた私は、屋敷に帰還した。

 先生と挨拶をした後で、遊んでいた二人も私に気付いたようだ。

 

「あ! お姉ちゃんだ! ねぇライカ! お姉ちゃんが返ってきたよ!」

「わかってるよレナ! こっちが先に気付いてたからな!」

「ちがうよ! レナが先!」

「おれだよ!」


 二人がワイワイ言い合いながら駆け寄ってくる。

 仲睦まじい言い合いも、私の前までたどり着いたらピタリと止んだ。


「ただいま、二人とも」

「「お帰りなさい!」」


 元気な笑顔と声が返ってくる。

 自分の家に戻ってきたんだという実感が、私の心に温かく広がった。


「ねぇねぇお姉ちゃん! 一緒に遊ぼうよ!」

「あーずるい! レナもお姉ちゃんと遊びたい」

「ふふっ、また後でね。お姉ちゃんちょっとだけ休憩したいの」

「「えぇ~」」


 帰った途端に遊びをせがまれるとは思っていなかった。

 二人が腕にを引っ張って右へ左へ揺らしてくる。

 いつもなら一緒に遊んであげたいけど、今は試験終わりで疲れていた。

 正直ちょっと休みたい。


「こらこら二人とも、あまりアリスを困らせてはいけないよ。それに見てごらん? 君たちが遊んでくれないから、みんな隠れてしまったよ?」

「え、あ! ホントだ!」

「どこに行っちゃったの?」

「探してごらん。どこかに隠れているから」


 先生の言葉に連れられて、二人は二話を駆けまわる。

 さっきまで一緒に遊んでいた小さな生き物たちを探して。


「ありがとうございます先生」

「いいとも、お疲れのようだね。頑張ったかい?」

「はい。頑張ってきました」

「そうかそうか」


 先生は頷きながら嬉しそうにほほ笑む。


「良い表情をしてる。試験は上手くいったようで良かったよ」

「はい! それに……」

「ん?」

「お友達も出来ました!」


 ライル君とイリーナさん。

 二人とは試験の後に、また会おうと約束した。

 試験が上手くいったことも嬉しいけど、それと同じくらい二人と出会えたことも嬉しかった。

 生まれて初めて出来た同年代のお友達だ。

 早く帰って先生にそれを伝えたかった。

 きっと喜んでくれると思ったから。


「――そうか。良いことだ」


 先生は優しく笑ってくれた。

 喜んでくれた。

 でも少しだけ、寂しそうな表情をした気がする。

 私にはその表情の意味がわからなかった。


 そして翌日。


 先生は屋敷からいなくなってしまった。

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