18.告白

 ある日のこと。

 修行中の私は、先生に何気なく質問した。


「先生」

「ん? 何だいアリス」

「先生に呪いをかけた魔女って、どんな人なんですか?」


 特に難しいことは考えず、ふと気になったから出た質問。

 先生は一瞬だけ戸惑ったような顔をして、すぐに普段通りの穏やかな表情に戻った。


「そうだね~ とっても怖くて、それに意地悪だったよ」

「意地悪?」


 先生は頷いて続ける。


「彼女は恐ろしく強かった。世界中の人間が一丸になって彼女に挑み、敗れた。僕が彼女を止めるまで、何千何万という人たちが犠牲になったんだ」

「犠牲……」

「あーごめんね、どうしても彼女のことになうと怖い話になってしまう。要するに彼女は、とっても強くて嫌がらせが好きだったんだ」


 怖がる私を和ませようとして、先生は気の抜けた笑顔で空を見上げる。

 流れる雲を見ているのか、青い空を見ているのか。

 どこか虚ろで、遠くに消えてしまいそうな雰囲気で、先生は私に言う。


「彼女は僕に呪いをかけた。永遠に生き続ける呪い……でも一番意地悪なのはそこじゃないんだ。僕はねアリス、誰の記憶にも残れないんだよ」


 私は意味がわからずキョトンとする。

 ただ何となく、先生の表情を見ていたら、悲しい気持ちにはなった。

 結局それ以降は説明もなく、先生の言っていた意味はわかぬまま時間が過ぎて……


  ◇◇◇


 私は走る。

 息を切らしながら、屋敷を出て。

 当てもなく、場所もわからずただ駆けまわる。


「先生……先生……」


 朝目覚めたら先生がどこにもいなかった。

 屋敷を探したけどいなくて、代わりに先生の部屋には一通の置手紙が残されていた。

 そこに書かれていたのは、あの時わからなかった呪いの真実。

 それと一緒に、先生の思いが書かれていた。

 私は手紙を握りしめて、書かれていた文章を頭に思い浮かべる。


 アリスへ。

 突然のことで驚いていると思う。

 何も言わずにいなくなるなんて、酷い先生でごめんね。

 だけどこれで良いんだ。

 十分に学んで、十分に強くなっただろう?

 君はもう、僕がいなくてもやっていける。

 最初からね、君が独り立ちできるまでって決めていたんだよ。

 友達が出来たと聞いて、思ったんだ。

 僕の役割はここまでだって。

 

「違う……違うよ先生。私はまだ先生に……」


 僕は所詮、過去の人物だ。

 誰も僕のことを覚えていないし、君もいずれ忘れる。

 それが僕にかけられた呪いなんだ。

 日常的に僕と接している人を除いて、誰もかれも僕のことを忘れてしまう。

 賢い君なら、もうわかるよね?

 僕と一緒にいたら、君はいずれ不幸になる。

 君は僕のことを覚えていても、君がかかわった人たちは僕を忘れる。

 自分しか知らない、覚えていないというのは悲しいことだ。


「そんなこと……」


 友達が出来たのなら、その人たちを大切にしなさい。

 ライカとレナのことも忘れないでね?

 あの子たちはまだ幼い。

 まぁ、しっかり者の君なら大丈夫だ。


 最後に一言。

 君たちと過ごした時間はとても楽しかった。

 久しぶりに、誰かと笑い合うことを楽しいと思えた。

 君たちはいずれ僕を忘れる。

 それで構わない。

 僕はいつまでも、君たちのことを覚えている。


 親愛なる弟子から、不真面目な先生より。


「先生……私……会えないなんて嫌だよ」


 私は王都中を駆け回った。

 泣きながら、酷い顔をしていたと思う。

 そんなこと気にしていられない。

 先生の手紙を読んで、いてもたってもいられなくなった。

 このまま時間が過ぎれば、私は先生のことを忘れてしまう。

 今日まで過ごした思い出も、躱した言葉も全て。

 そんなのは嫌だ。

 私はまだ、先生に伝えていないことだってある。


「はぁ……ぅ、先生に会いたい」


 会いたい。

 話したい。

 忘れたくない。

 どれだけ探しても見つからなくて、気持ちだけがどんどん強くなる。

 どうすればいい?

 見つける方法はないのか。

 私の頭はいつになく熱くなって、もうスピードで回り出す。


「――そうだ」


 私は思い出す。

 先生と出会った場所を。

 何もない森を、幻想的な世界へと彩っていた光景を。

 場所は違うかもしれないけど、先生ならきっと魔術で空間を想像しているはずだ。

 だったら私も魔術で空間を構築して、先生の空間と繋げれば良い。

 そうやって想像すれば良い。

 

「先生の世界を……先生は近くにいる。私と一緒にいる」


 想像しよう。

 私たちは繋がっていると。

 今私がいる場所が、先生のいる場所に繋がると。

 会いたい気持ちも想像に上乗せする。

 強いイメージさえあれば、私たちの術式は不可能すら可能にするんだ。

 だから――


「どこに行っても、必ず見つけ出しますよ……先生!」

「アリス?」


 綺麗なお花畑の上で、私たちは再び出会う。

 いいや、出会いじゃない。

 私たちは最初から、ずっと同じところにいたんだから。

 先生がどこ行ったって、私はそこにいる。

 そうしたいと望んでいる。

 今日まで一緒に過ごしてきて、先生の優しさに、格好良さに惹かれてきた。

 ずっと……この気持ちは私の胸にあったんだ。

 本当は立派な魔術師になれたら伝えようと思っていた。

 だけど、もう我慢できない。

 今がその時だと、全身が熱をもつ。


「先生……私、先生のことが大好きです」

  

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