12.応えたい

 二次試験は実技。

 実際に魔術を使用し、受験者同士で競い合う。

 形式は毎年異なるが、今年はチーム戦になった。

 三人一組を一チームとし、うち一人をリーダーに設定。

 リーダーとなった者の頭上には特殊な球体が浮かび、破壊されると失格になる。

 チーム同士で球体を破壊し合い、残りが一定数になったら終了とする。


「チームは各人で作るように! なお、試験開始までにチームを結成できなかった受験者は失格となるので注意してください」

「そんな……」


 私の声は誰にも聞こえない小さなものだった。

 この時の表情は、鏡で確認しなくてもハッキリとわかる。

 

「説明は以上です。それでは各自休憩に入ってください」


 試験監督は説明を終えると部屋を出て行った。

 それを最後まで見届けて、他の受験者たちもゾロゾロと移動し始める。

 昼食用に開放された部屋に向うのだろう。

 ここは試験用の部屋だから、終わったら早く退室しなければならない。

 私は戸惑いながら席を立ち、部屋を出た。

 そのまま人の少ない場所を探して歩き回り、建物から少し離れた林の中でちょこんと腰を下ろす。

 

「……どうしよう」


 せっかく多めに作ってきたお弁当にも手が付けられない。

 私はひどく焦っていた。

 試験そのものより、私にとっては他人と組むことのほうが難易度が高い。

 私の家名を聞いただけで、裏切者の子供だと罵られてしまうから。

 普通に声をかけても、きっと誰も組んでくれないだろう。


「せっかくここまで来たのに……」


 今日までの努力が、こんな形で無になるかもしれない。

 何とかしないと……と、考えた所で方法は一つ。

 私と組んでくれる誰かを見つけるしかない。

 幸いなことに、昼休みの時間は多く取られている。

 時間はまだある。

 ゆっくり昼食を食べても、一時間は残っているはずだ。


「……よし!」


 クヨクヨしていても始まらない。

 まずはご飯を食べて、それから声を駆けまわろう。

 嫌がられるのは予想済み。

 例えどんなことを言われても、試験を受けられないよりはマシだ。

 どんな人でも、二人見つけられれば……


「二人……か」


 ふと、ライルとイリーナを思い浮かべた。

 二人なら、私とも組んでくれたかもしれない。

 私のことを知らない様子だったし、誤魔化したままいけたら……

 そんな風に思った所でもう遅い。

 ちゃんと話しておけば良かったと後悔した所で、後の祭りもいいところだ。

 私は小さくため息をこぼす。

 その時――


「あ! やっと見つけだぜ!」


 思わぬ方向から大きな声が聞こえて、ビックリした私の身体はビクンと震えた。

 驚いたのは声がしたことではなく、その人物に。

 私は声のした方向を向く。


「ライル君……イリーナさん?」

「おう! 探したぜアリス」

「こんにちはアリスさん。また急に話しかけてごめんなさい」


 私の胸から嬉しさが込み上げる。

 ちょうど二人のことを考えていた時に、本人たちが会いに来てくれたから。

 聞こえた言葉からして、私のことを探してくれていたようだ。

 もしかして、と思ってしまう。


「なぁアリス、二次試験のチームなんだけど、一緒に組んでくれないか?」

「無理はお構いなく言ってくださいね。もしお相手が決まっていなければ、私たちとチームを組んでほしいです」


 本当にそうだった。

 もしかして、二人はチームメイトに勧誘するために、私を探していたのかもって。

 そう思って、実際にそうだったから尚更嬉しい。

 

 もちろん!


 と、答えたかった。

 だけど、のどまで出かかった言葉は途中で引っかかる。

 私の家名と、それを知らないことに。


「……私と組むのは止めたほうがいいですよ」

「え?」

「どうしてですか?」

「……二人は知らないみたいですけど、私はもう貴族じゃないんです。国家魔術師だった父が王国を裏切り、当主となった母も病気で亡くなりました」


 自分で言っていて辛い。

 お父さんのことを悪く言うのも、母さんの話をするもの。

 悲しい記憶を思い出してしまうから。

 それでもちゃんと伝えるべきだ。

 無関係な二人を、私の事情に巻き込んでしまわないように。


「私はここでは嫌われ者です。そんな私と一緒にいたら、二人まで悪い目で――」

「何だよそんなことか! 別に気にしねーよ」

「私も気にしませんよ?」

「え……?」


 呆れた顔をするライルと、気の抜けた優しい表情のイリーナ。

 二人の反応が予想外で、私は驚きと困惑を声に出す。


「気にしない……? どうして?」

「何でってそりゃー、さっきから聞いてる限りさ。それってアリスのことじゃなくて、周りの事情だろ? アリスは何も悪くないじゃんか」

「そうですよ。貴族じゃないとか、親が悪いことをしたとか。どれもアリスさんの所為ではないんでしょ? だったら仲良くできない理由なんてないです」

「そうそう! つーかそんなこと気にしてたのか。どっか具合でも悪いのかと思って心配したのにさ~」


 穏やかな表情で話す二人。

 私は余計に戸惑う。

 この二人は何を言っているのだろう。

 心の中でそう思った。

 いや、思えば当たり前のことを言っているだけなんだ。

 お父さんの裏切りも、貴族としての地位を失ったことも。

 私が何かをしたわけじゃない。

 言われれば当然で、普通のことなのだろう。

 だけど私は、ずっと言われ続けてきた。

 思われ続けてきた。

 裏切者の血を引く子供も、同じく罪人なのだと。


「家とか親とか気にしすぎだろ? 少なくともオレたちは気にしない。なっ、イリーナ」

「ええ。それに私たちだって辺境の小さな貴族。王都では田舎者と馬鹿にされていますよ」

「そうなんだよな~ ここはオレらが強んだぞって見せつけてさ! ぎゃふんと言わせてやろうぜ!」

「そうね。アリスさんが嫌じゃないなら」


 二人の熱い眼差しが私に向けられる。

 その視線から感じる期待が、私の心を動かす。

 不安はあるし、戸惑いもある。

 それでも、先生と同じように、私のことを見てくれる人たちに……


「はい! よろしくお願いします」


 応えたい。

 そう思った。

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