5.術式の継承
術式を他者から継承する場合、双方の同意と術式相性の確認がいる。
仮に無理やり術式を継承しようとしても、どちらかが拒否すれば行われない。
双方の同意があったとしても、術式の相性が悪ければ継承は不成立となる。
「君は継承の方法について知っているかな?」
「は、はい。本で読んだことがあります」
好きなだけ泣いた私はようやく落ち着いて、涙で濡れた目を擦ってから答える。
「肉体を繋ぎ、魂を繋ぎ、魂に刻まれた術式を転写する……ですよね?」
「そうだね。随分と簡易的だけど大体合ってるよ。じゃあどうして、継承できる術式とそうじゃない術式があるのかな?」
「それは相性が悪いから」
「どうして悪いと思う? 術式なんて所詮はただの式だよ」
フィンラル様の質問に、私は頭を悩ませる。
言われてみればどうして術式に相性なんてものがあるのか、その理由を知らない。
今までたくさん本を読んできたけど、それについては書かれていなかった。
考えても知らないことは出てこない。
私は諦めて、正直に言う。
「すみません、わかりません……」
「ははっ、そんな申し訳なさそうな顔しなくていいよ。単に質問しているだけだ。答えられなければ継承しない、なんてこともないしね」
そう言ってフィンラル様は自分の胸に手を当てる。
「正解はね? 術式ではなく魂のほうにあるんだ」
「魂に?」
「うん。術式は魂に刻まれる。それは知っているよね?」
私はこくりと頷く。
肉体には魂が宿り、魔力も魂から捻出される。
魂の場所には諸説あるが、心臓と同じ高さの右側にあると言われていた。
フィンラル様が触っているのは、魂があると言われている場所だ。
「魂に刻まれた術式は、その魂の色に染まるんだ」
「魂の……色? 魂には色があるのですか?」
「あるよ。色と言うか、個性と言うか~ まぁ簡単に言うと、人の容姿がそれぞれ違うように、魂の形や色だって違うんだ。そして術式も魂に溶け込むことで僅かに変化する」
「変化……あっ! だから相性が生まれる」
フィンラル様の話を聞きながら私は理解した。
術式そのものの相性じゃない。
魂同士に相性があって、魂の色に染まってしまった術式は、異なる魂とは合わないんだ。
だから継承も、血のつながりを持つ家族が多い。
家族なら、魂の色が近いから。
「――ということでしょうか?」
「正解だよ。いいね、君は思った以上に優秀な子だ。十二歳なのに理解力は大人と変わらないね」
「い、いえそんな」
褒められると何だか照れてしまう。
お母様がいなくなって、誰かに褒められるという機会は少なくなった。
久しぶりだからか、無性にむず痒い。
「術式の継承では肉体を繋いだ後、魂を繋げる。その過程にも相性があって、合わない人同士だと反発し合う。さてアリス、右手を出してもらえるかな?」
「は、はい」
私は言われた通りに右手を差し出す。
手のひらを上にして、物をねだるように。
「こうですか?」
「うん」
すると、フィンラル様も手を差し出し、私の手と重ね合わせた。
男の人の大きな手。
女性みたいに白く綺麗な手なのに、触った感触はやっぱり男の人だとわかる。
ひんやりと冷たくて、思わずドキっとしてしまう。
「これで肉体は繋がった。次に魂を繋げるよ」
「は、はい!」
「緊張しないで。まずは深呼吸をして、ゆっくり目を閉じるんだ」
「はい」
私は大きく深呼吸をして肩を揺らす。
それから言われた通りゆっくり目を閉じた。
「いいかい? 僕たちは今、一つの身体にいる。僕は君の存在を強く感じて、君は僕の存在を強く感じる」
フィンラル様の声が頭の中に響いてくる。
耳から聞こえる声と一緒に、触れ合っている手からも声が伝わっているみたい。
「アリス、反対の手で僕の魂に触れてごらん。今ならどこにあるのか、目を瞑っていてもわかるだろう?」
「はい」
感じる。
フィンラル様の魂が、猛々しく燃える炎がそこにある。
私は燃え上がる炎に手を伸ばす。
触れたのはたぶん、フィンラル様の右胸辺りだろう。
続けてフィンラル様も、私の魂に触れる。
優しく、そっと包み込むように。
「これで魂は繋がった。気分は悪くない?」
「大丈夫です」
悪いどころかむしろ気分が良いくらいだった。
フィンラル様は炎みたいに燃えているのに優しくて、触れているとこっちまで温かくなる。
とても安心する。
「それじゃあ術式を継承するよ。少しきついかもしれないけど頑張って耐えてほしい」
「はい!」
「――いくよ」
術式の継承が始まった。
フィンラル様が言った少しきついという意味はすぐにわかった。
継承が始まった途端、フィンラル様から強大な力が押し寄せてくる。
荒々しく吹き上げる突風のように、街すら飲み込む高波のように。
「ぅ、う……」
「もう少しだよ。頑張って」
苦しい、辛い。
泣き出しそうな私の手を、フィンラル様は力強く握ってくれた。
自分はここにいる。
一人じゃないと教えてくれるように。
それが嬉しくて、心強くて、頑張ろうと思えた。
そして数分後。
ようやく波が治まった。
「継承は完了した。もう目を開けていいよ」
言われた通りに目を開ける。
最初に見えたのはフィンラル様の穏やかな笑顔。
それからもう一つ――
「どうだい? 見える世界は変わったかな?」
「……はい!」
淡い光が私たちの周りで踊っている。
幻想的だった景色が、光り輝く賑やかなパレードのように変化した。
まるで私を祝福してくれているかのように、光たちが踊っている。
「継承が無事に終わった証拠だね。おめでとう。今日から君は、僕の弟子だよ」
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