4.賢者へ弟子入り

 見惚れていた私は、戸惑いを見せながら声を振り絞る。


「あ、あの……」

「君、どうやってここにきたの?」


 彼はニコッと優しく微笑みながら質問してきた。

 怒っている様子はない。

 私は少しホッとして、水晶のことを思い返す。


「えっと、水晶が……」

「水晶? ああ、あの片割れは君の所にあったんだ。ずっとなくしたと思っていてね。まぁ探してはいなかったんだけど」


 どこか不思議な雰囲気の人だった。

 そこにいるのに、いないような違和感もある。

 自然に囲まれていて、一体になっているように溶け込んでいて。

 気を抜けば、見失ってしまいそうな……


「えーっと、君は……」

「あ、わ、私はアリスです! 突然お伺いしてごめんなさい」

「いや良いよ。君の反応からして、偶然水晶が発動したんだろう? あれは強い魔力を持つ者が手にすると、勝手に発動してしまう粗悪品なんだ」

「そ、そうなんですか?」


 さっきの水晶は魔導具の一種だったのだろうか。

 粗悪品なんて言っているけど、場所を瞬時に移動したとしたら相当高価な代物のはずだ。


「うん、ただ早々そんなことないはずなんだけどね。つまり君は、相当優れた魔力を秘めているということだ。いいねぇー未来有望だ」


 そう言って彼は笑う。

 フワフワとした笑顔で、どこか悲し気に。


「それより大丈夫? ここにいると、気持ち悪くなるかもしれないんだけど」

「え、別にそんなこと」

「へぇー」


 私が答えると、彼はじーっと私のことを興味深そうに見つめた。


「そうか、ここにいて平気なのか。君は僕の術式と相性が良いのかもしれないね」

「術式?」

「そうだよ。この空間は、僕の魔術で構成されているんだ」

「こ、これが?」


 私のいる場所が、魔術で作られている?

 そう言われると確かに、微弱だけど魔力を感じる。

 地面も、木も、草も、花からも。


「普通この中にいると、僕以外はふらついたり、吐き気がしたりするんだけどなー」

「あ、あの! 貴方は一体……」

「ん? 僕かい? 僕はフィンラル。二千年ほど前に賢者と呼ばれ、今では忘れ去られてしまった悲しい悲しい魔術師のお兄さんだ」

「賢者……様?」


 偉大な功績を残した魔術師のことを、そう呼んで称えることがある。

 それに、二千年前?


「二千年から……生きてるんですか?」

「そうだよ。一応断っておくけど、僕は人間だからね? 昔、魔女の呪いにかかってしまってから、死ねなくなってしまったんだ」

「魔女? 呪い?」


 知らない単語が次々に飛び出して、頭の中に疑問符がたくさん浮かぶ。

 その中で読み取れたのは、この人が只者じゃないということと、もう一つ。


「フィンラル様の術式と、私は相性がいいんですか?」

「ん? ああ、たぶんね」

「ほ、本当ですか?」

「うん」


 術式の継承は、誰でも出来るわけじゃない。

 その術式との相性が悪ければ、意思があっても受け継がれない。

 だから基本、継承するのは血縁関係のある者同士とされているらしい。

 私にとってはお父様がそうだったけど、お父様はいない。

 

「フィンラル様! お、お願いがあります! 私に……フィンラル様の魔術を教えてもらえませんか!」

「え、僕のかい?」

「はい。私、どうしても魔術師になりたくて、でも術式がなくてそれで……」


 突然訪れたチャンスで、私は焦っていた。

 言葉が上手くまとまらない。


「急にこんなこと言って、失礼だと思います。でも、でも!」

「少し落ち着いて」


 私は大きく息を吸う。

 話すのに夢中で、呼吸を忘れていた。


「事情があるんだろう? 話してくれるかな?」


 そう言って、フィンラル様は優しく微笑む。

 さっきとは違う笑顔で、お母様に少し似ていた。

 思わず泣きそうになったけど、私は我慢して、事情を話した。


「そうか、なるほどね。だから僕の魔術を覚えたいと」

「はい……もう、頼れる人がいなくて」

「家族を守るために……か。すごいね、君は」


 フィンラル様の手が、私の頭を優しく撫でる。


「へ?」

「まだ十二歳なんだろう?」

「は、はい」

「その歳で覚悟を決めたのか。中々出来ることじゃない。辛いことを我慢して、前を向いているのも、とても強い証拠だ」

「フィンラル様……」

 

 そんなことを言われたら、私は涙を我慢できない。

 瞳からポツリと、涙が一滴落ちる。


「これも何かの縁だ。いいよ、僕の魔術を教えてあげる」

「ほ、本当ですか?」

「ああ。でも覚悟しておいてね? 僕の術式は難しい。今まで何人かに継承したけど、使えたのは僕を入れて二人だけだった。修行がとても大変だよ?」

「頑張ります。私がライカとレナを守らなきゃ! お母さんの分まで」

「うん、良い覚悟だ。じゃあ今は、好きなだけ泣くと良い。幸い見ているのは、僕だけだから」


 また、優しく微笑んでくれた。

 ずっと我慢していた。

 涙で潤むたびに、むりやり手でこすって涙が出ないように。


「ぅ、う……お母様……」


 フィンラル様に諭されて、思い出してしまったんだ。

 お母さんとの日々を。

 そうしたら、涙は止まらなくなった。

 フィンラル様は、そんな私の頭をゆっくり撫でてくれる。

 

 これが私たちの出会いだった。

 偶然か、はたまた運命か。

 世界から忘れ去られてた魔術師と、その弟子……


 強く、優しく、希望に満ちた未来へ続く物語の――始まり。

 

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