3.さよならは突然

「うぅ……」

「お母様……お母様……」

「ライカ、レナ」


 二人が泣きながら、私に抱き着いている。

 私たちの目の前にはお母様が眠っていた。

 安らかに、心地よさそうに。

 だけどもう、お母様は目を覚まさない。

 何度呼びかけても、答えてはくれない。


 お母様が病死した。

 ずっと前から無理をして、体調が良くなかったそうだ。

 私たちは気づけなかった。

 咳き込んで、血を吐いて倒れる前日まで、お母様はいつも通りにお仕事をしていたから。


「姉ちゃん……」

「大丈夫よライカ、レナも泣かないで」

「でも……お母様が」

「うん。わかってる」


 私は必死に涙をこらえた。

 お母様がいなくなって、私たちは三人だけ。

 これからは、私が二人を守らないと。

 子供だからとか言ってられない。

 お母様が私たちを守ってくれていたように、今度はお姉ちゃんの私が――


「ライカとレナは、私が守る!」


 この日、私は大人になる決意をしたんだ。



 お母様が亡くなられたことで、私の家はついに貴族の名も失ってしまった。

 今の私たちは没落貴族の生き残り。

 身寄りもなく、そうでなくとも裏切者の子供だからと、誰も助けてはくれなかった。

 お金は、お母様が残してくれた分がある。

 きっとこうなる未来がわかったていたのだろう。

 私たちが大人になるまで生きて行けるように、お母様は無理をして頑張っていたのだと知った。 

 お陰で、数年は何とか生きていける。

 でも永遠じゃない。

 お金は使えばなくなってしまう。

 当たり前のことだけど、その当たり前を改めて思い知る。


 私がお母様の代わりに、二人を守っていく。

 そのためには、お金を稼ぐために仕事をしないと。

 でも、十二歳の私を雇ってくれる所なんてない。

 宛てもなく、誰かに頼りたくても、助けてくれそうな味方はいない。

 せめてお父様が……


「そうだ。私も……魔術師になれば」


 お父様のことを思い出して、一つの可能性が浮かぶ。

 国家魔術師。

 それは、選ばれた人間だけがなれるエリート。

 特別な学校に三年間通って、卒業できたものだけが国から国家魔術師として任命される。

 お父様もその一人だった。

 養成校には、十五歳から入学できる。

 それに在学中も見習いとして、任務を受けられると聞いた。

 学校に通いながら、お金も稼げる。

 これしかないと思った。

 幸い私は貴族で、お父様の子供だったから、他人より魔力量には自信がある。


「魔術師になろう……そうすれば二人を守れる」


 その日から、私は魔術の勉強を始めた。

 お父様が読んでいた本は、今でも屋敷の書斎にある。

 魔術について書かれた本をかき集めて、一日中読み漁った。

 そして、早々に自分の限界を知ってしまう。


 私は、術式を持っていない。


 魔力を術式に通して、様々な効果を発揮する。

 魔術師とは術式を操る者のことで、その術式は魂に刻まれている。

 生まれながらに持っているか、相性の良い相手から継承しなくてはならない。

 私は魔力こそ優れていたけど、術式は持って生まれなかった。

 そもそも、女性はあまり魔術師には向かないのだという。

 男性のほうが魔力を操るセンスが優れているとか、女性は魔力量が少ない人が多いとか。

 理由はいろいろあるみたいだけど、私にとっての問題は術式のことだった。


「何かないの? 他に……」


 術式を手に入れる方法を探した。

 調べていく中で、術式なしで国家魔術師になれた人間は二人しかいない。

 その二人も特別な二人で、私とは違う。

 いくら努力しても、術式を持っていなければ学校にすら入れてもらえないかもしれない。

 そうなったら私たちは……ライカとレナがひもじい想いをする。

 お母様がいなくなって、二人の笑顔も減ってしまった。

 このままじゃ……


 コロン。


 書斎を探していると、どこからか透明な玉が転がってきた。


「水……晶?」


 ただの水晶かと思って、私はそれを手に取った。

 すると、私の魔力が一瞬でぐっと吸われて、水晶が輝き出す。


「な、何!?」


 書斎を覆うほどのまばゆい光が放たれ、私は目を閉じた。

 次に目を開けると、そこは別世界。


 小鳥が鳴いている。

 緑が生い茂って、空からは眩しい日差しが注がれる。

 見たことのない花が咲いていて、ツルと木も形が特徴的だった。

 幻想的で、神秘的で。

 思わず声に出てしまうほど――


「綺麗」


 そう、綺麗な場所だった。

 どうしてこんな場所にいるのかという疑問が薄れるほどに。

 空気も澄んでいる。


「おや? 珍しいこともあるものだね。ここにお客さんがくるなんて」

「へ?」


 不意に声が聞こえて来た。

 私は後ろを振り向く。

 するとそこに、銀色の長い髪をなびかせて、ニコリと微笑みながら一人の人が座っていた。

 男性にも女性にも見える容姿だけど、声からして男性だと思う。

 私は思わず見惚れてしまった。

 幻想的な空間にたたずむ彼の姿は、まるで物語に出てくる神様のようだったから。

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