2.幸せな時間

 中庭に行くと、二人が駆け回って遊んでいた。

 私が来たことに二人は同じタイミングで気付いて、勢いよく駆け寄ってくる。


「お姉ちゃん遅いよー」

「お母様と何話してたの?」

「内緒だよ」

「「えぇ~」」


 ずるいーという二人は可愛くて、見ているだけで和む。


「ふふっ、今日は何して遊ぶの?」

「えっとね~ じゃあかくれんぼ!」

「レナとライカが隠れるから、お姉ちゃんが見つける人ね!」

「いいよ。じゃあ十数えるから、その間に隠れてね? 屋敷の外は駄目よ?」

「「はーい!」」


 私は近くにあった一本の木に顔を伏せて、大きな声で数を数える。


「いーち! にーい!」


 ドタドタと周りで走る音が聞こえて、六つ目を数えるくらいには、近くで音はしなくなった。

 中庭から出ていったようだ。


「はーち、きゅーう、じゅう!」


 くるっと振り向くと、もう二人はいない。

 まだ外にいるのか、室内へ入ったのか。

 

「どっちから探そうかな~」


 ふと、視線は屋敷に向いた。

 貴族にしては小さめの屋敷に、私たちは四人だけが暮らしている。

 この屋敷は元々、別荘だった。

 本当の家はもっと大きくて、お城に近い所にあったんだ。

 だけど今は、ここが私たちの家。 

 元名門貴族クレイスター家に残された唯一の屋敷。


「中から探そうかな」


 私は二人を探すため、屋敷の廊下を歩き回る。

 扉を開け、部屋を覗いても、そこには誰もいない。

 執務室はお母様がお仕事中だから、邪魔しないように避ける。

 食堂から浴室まで、テクテクと探し回った。


「ここにもいない。二人とも隠れるの上手くなったな~」


 かくれんぼは何度もしていて、いつも私が探す役だった。

 初めての頃はすぐ見つけられたけど、回数を重ねるごとに上手くなっている。

 どこだどこだと探している内に、一つの部屋に入り込む。

 そこには、家族五人で撮った写真が飾られていた。

 お母様と、私と、ライカとレナ……そして――


「お父様……」


 二年前まで、私たちはこの国でも五本の指に入るくらい大きな大貴族だった。

 その頃はお父様もいて、たくさんの使用人も一緒に暮らしていた。

 お金もあるし、人もいる。

 物は何でも揃えられて、不自由なんて感じない暮らしだった。

 それが当たり前だと、私も思っていた。

 

 だけど、ある日突然終わってしまった。

 お父様がいなくなって……


 お父様はとても凄い魔術師だった。

 大きな学校を出て、国家魔術師の資格を持っていた。

 王国のため、人々のために悪い人たちと戦ったり、毎日仕事に追われて大変そうだった。

 ほとんど家にいなくて、偶に返ってきても忙しそうで。

 そんなお父様だったけど、私たちにはすごく優しくしてくれた。

 何より、魔術師として働くお父様は、世界で一番格好良く見えたんだ。


 だからこそ信じられなかった。

 お父様がいなくなったこと……

 そして、お父様が悪い人たちと関わりを持っていて、王国のお金を持ち去っていたということにも……

 国はお父様を反逆者として指名手配した。

 私たち家族も非難されて、念入りに調査をされた。

 結果、関わっていたのはお父様だけで、私たちは無関係だと判明したらしい。

 それでも同じ家に生まれた者として、周りの目は冷ややかだった。

 名門としての名は廃れ、財産のほぼ全ても国に没収されてしまった。

 残されたお金では、使用人たちを養うことも出来ない。

 最後に残ったのは、この屋敷と私たちだけだった。

 

「あ、いけない探さないと!」


 思い出したように、私は二人を探し始める。

 屋敷の中をぐるっと回ったけど見つからなくて、最後に残ったのはお母様がいる執務室だった。


「さすがにここじゃない……よね?」


 と思いつつも、私はこっそり中を覗いてみた。

 机に向いながら、お母様が真剣な顔でお仕事をしている。

 目が疲れているのか、眉間を時々触りながら。


 お父様がいなくなってから、お母様は毎日お仕事をしている。

 いなくなったお父様の代わりに、この家の当主になって、お父様が請け負っていた仕事の一部を請け負っている。

 何をしているのかはわからないけど、たくさんの書類が積まれていて、難しい文字を読んでいた。


「お母様……」


 大変そうだけど、私には難しくて手伝えない。

 それが歯がゆくて、悲しくて。


「ん? アリス?」

「あっ」 

 

 お母様が私に気付いて、扉まで歩いてくる。


「どうした?」

「あ、えっとごめんなさい。かくれんぼして、二人を探してました」

「そう? ふふっ、二人とも隠れるのが上手くなったのね」

「はい。私全然見つけられなくて」

「じゃあ私も一緒に探してあげるわ」

「え、お母様が?」


 私は目を丸くして驚いた。

 お母様はそんな私に優しく微笑みかけてくれる。


「ええ。でもすぐに見つかるわ」

「え?」


 そう言ってお母様は、私の耳元でこっそり話す。


「後ろ、見てみて」

「うしろ?」


 パッと振り返る。

 すると、そこには二人の影がチラッと。


「あぁー! 二人とも見つけたー!」

「わっ、見つかっちゃったよ!」

「ライカが隠れないからだよ~」

「えぇ~ レナだってお母様が見たいからって近づいた癖にぃ」

「ふふっ、ずっとアリスの後ろをついてきてたのね」

「そ、そうだったんだ」


 全然気づかなかった。

 道理でどこを探しても見つからないわけだ。


「ねぇねぇ! お母様も遊んでくれるって本当?」

「ええ。少しなら時間もあるわ」

「やったー!」

「じゃあ今度はお母様がレナたちを探してね!」

「いいわよ~ アリスも隠れて」

「はい!」


 お母様が大きな声で数を数える。

 私たちは急いで隠れる場所を探した。


「姉ちゃんこっち!」

「違う! アリスお姉ちゃんはこっち!」

「ひっぱらないでよー」


 お母様のお仕事は、たぶんまだ終わっていない。

 それでも遊んでくれるのは、お母様の優しさそのものだと思う。

 お父様がいなくなって、何もかも変わってしまった。

 それでも――


 楽しい。


 そう思える。

 お母様がいて、ライカとレナがいる。

 屋敷は一つあれば良い。

 大きくなったら、私も働いてお母様に楽をしてもらおう。

 早く、もっと早く大きくなりたい。

 みんなと一緒に、楽しく暮らしていくために。


 でも……悲しい出来事は一度で終わるとは限らない。


 二年後――

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