6.共に屋敷へ

 術式の継承は思ったよりも呆気なかった。

 文章で書かれていたよりは重厚で、臨場感に溢れていたことは確かだったけど、覚悟していたより苦しくない。

 他人の術式は遺物だ。

 いくら相性が良くても、継承する際に多少の拒絶反応を示す。

 場合によっては熱を出したり、一時的に意識を失うこともあったと本に書かれていた。

 そうなることを覚悟していたから、あまりにすんなりと継承が済んでしまったことに少なからず肩透かし感はある。


「さて、それじゃさっそく修行を始めようかな?」

「え、あ、今からですか?」

「ん? そのつもりだったけど予定でもあったかな?」

「えっと……」


 私の我儘で師匠になってもらったから、いきなりお願いするのは忍びない。

 だけど、ここはハッキリと言うべきだ。


「ごめんなさい! 私一度屋敷に帰りたいです! 弟のライカと、妹のレナが心配するといけないので……」


 大人からの、師匠となった人からの誘いを断る。

 もしかしたら怒られてしまうかもと、内心では少し怯えていた。


「ああ、そうだったね。僕としたことがうっかりしていたよ。君より小さな子供たちを、誰もいない屋敷で待たせるわけにはいかないね。すぐに戻ってあげなさい」

「は、はい!」


 しかしそんな心配はなかったようで、フィンラル様は驚くほどあっけらかんとした笑顔でそう言ってくれた。

 

「うん。しかしどうしようかな? 魔術の修行はかなりハードだし、出来れば集中してやってもらいたい所だが……毎度ここへ来てもらうのも大変か」

「そ、それなら! もしよければ……私の屋敷に来ていただけませんか?」

「ん? いいのかい?」

「もちろんです! 何もない所ですけど」


 お母さんと一緒に過ごしてきた屋敷。

 今は私と、ライカとレナしか住んでいない。

 貴族の屋敷にしては小さめだけど、子供三人で住むには大きすぎた。

 何よりお母さんがいなくなって……自分たちしかいないことに寂しさを感じる。

 私からの提案は、そんな寂しさを紛らわしたかったから。


「しかし、うーん……」

「駄目……でしょうか?」

「……いや、そうだね。せっかく他人の師匠になったんだ。弟子が修行に集中できる環境を守るのも、師の役割だ。君が良いのなら、喜んでお邪魔させてもらうよ」

「あ、ありがとうございます!」


 私は大きく勢いよく頭を下げた。

 フィンラル様はニコリと微笑み言う。


「お礼を言うべきは僕のほうだよ。ここから出る理由を作ってくれたんだから」

「え? それってどういう……」

「何でもないよ。さーて! それじゃ行こうか」


 フィンラル様がパチンと指を鳴らす。

 すると、周囲を飾っていた淡い光が消えていき、幻想的だった風景も消失する。

 気付けば私たちは、何もない森の中に二人で立っていた。


「え、え?」

「これが本来のこの場所の風景だよ。今までは僕の魔術で覆われていただけ」

「すごい……魔術ってこんなことできるんですね」

「僕の術式が特別なんだ。君だって、ちゃんと修行すれば同じことが出来るようになるよ」


 フィンラル様にそう言われて、私の胸が期待で膨らむ。

 風景を自在に変化させてしまえる程の力。

 そんな魔術を見せられて、自分にも出来ると言われたら、誰だって奮い立つだろう。


「わ、私頑張ります!」

「うんうん、良い心がけだね。じゃあ戻るよ、君の家に」


 そう言ってフィンラル様は、いつの間にか持っていた水晶に魔力を流し込む。

 私がこの地へ来た時と同じように、水晶が輝き出す。

 眩しさに目を瞑り、次に目を開ければ――


「はい到着したよ」

「ほ、本当に一瞬で……」


 私たちは書斎にいた。

 床には私が触れた水晶が転がっている。

 フィンラル様は床から水晶を拾い上げた。

 

「縁はどこに転がっているかわからない物だね。ん、この魔力……ねぇアリス。ここには君以外に魔術師がいるのかい?」

「え、いえ私だけです。あ、でも昔はお父様も一緒に暮らしていました」

「父親か……数奇な縁だね」

「へ? フィンラル様?」


 フィンラル様の小声は、私には何を言っているのかわからなかった。

 私が名前を口にすると彼は誤魔化す様に微笑む。


「何でもないよ。おや? 誰かが来たようだ」

「誰か?」


 それからすぐに、ドタバタと足音が近づいてくる。

 軽やかで不規則なステップ。


「「お姉ちゃん!」」


 やっぱりライカとレナだった。

 慌てて駆け寄ってきた二人は、左右から抱き着いてくる。

 勢い余って倒れそうになりながら、私は二人を受け止めた。


「良かったー! やっと見つけたよ~」

「レナたちすーっごく探してたんだよ!」

「ごめんね二人とも、心配かけちゃって」


 私は二人の頭を優しく撫でてあげた。

 もう少し帰るのが遅くなっていたら、きっと泣いていただろう。

 間に合ってよかったとホッとする。


「ねぇお姉ちゃん、後ろのお兄さんは誰?」

「え? あ、えっとね! この人はフィンラル様っていう魔術師のすごい人で、私の師匠になってくれた人だよ!」

「魔術師?」

「師匠?」


 ライカとレナは続けて首を傾げた。

 急に尋ねられたから、説明がめちゃくちゃになってしまった。

 あわあわとする私の代わりに、フィンラル様が口を開く。


「初めまして二人とも。僕はフィンラル、君たちのお姉ちゃんの先生になったんだ」

「お姉ちゃんの先生?」

「うん。今日から僕もここで一緒に暮らすことになったんだ。これは――」


 フィンラル様が右手を差し出す。

 その手のひらに淡い光が集まって、小さなぬいぐるみに変化した。

 青いウサギのぬいぐるみはライカに、ピンクのウサギのぬいぐるみをレナに渡す。


「お近づきの印だ」

「わぁ! すごいすごい! どうやったのお兄さん!」

「レナにも出来るの?」

「はははっ、それは内緒だよ」


 フィンラル様はあっさり二人と打ち解けてしまった。

 私はプレゼントをもらって喜ぶ二人を見て、自分も二人を喜ばせられるように頑張ろうと、改めて思ったんだ。

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