第15話 前略、道の上より-15

            *


 湾岸線は途中から高架になって、人が歩くことはできなかった。高架の下を直樹とイチローは走り続けた。

 時折吹きつける風は潮の香りを湛えている。道行く看板にも、錆が目立つ。海の近くに来たのだと実感できる。しかし、もう日が暮れる。薄暮の中に、街灯が灯っている所が明るく感じられるようになってきた。人気もなくなってきた。人家も少なくなっている。寂しげな雰囲気にもイチローは、ただ直樹の呼吸に耳を澄ましていた。直樹は何を話すでもなく淡々と走っている。少しイチローにペースを合わしているように思えた。それが癪に触って、ピッチを上げると直樹はやはりついてきた。坂がきつくて遅くなると直樹も遅くなった。イチローは、自分よりはるかに直樹に余力があることはわかっていた。しかし、負けを認めるのは嫌だった。直樹もきっと我慢している。そう思っていた。思いたかった。

 日隠れになると、風が冷たい。体力も底が見えてきた。まだ、大丈夫だ。だけど、このままどこまでもいける自信はなかった。足が上がらない。マメが痛い。腕が重い。だけど、悔しい。


 湾岸線の下には道がなくなってしまい、二人は三一九号線を辿った。イチローはもう朦朧としていた。

 ―――なんで、こんなことしなきゃいけないんだ。

そんなことを思いながら、辛うじて足を進めた。直樹はもう伴走をやめて、少し前を走っている。直樹の腕も随分下がっている。辛いはずだ。だけど、追いつけない、腕は上がらない、足も痛い。こんなに足が言うことを聞かないのは初めてだった。

 ―――こいつ、頑張れ。

いくら鼓舞してみても、足は応えようとしない。もう、自分が走っているのか歩いているのかわからない。

 街灯の下で、直樹が振り返って待っている。

 ―――あの野郎。

そう思ってはみても、もう体は言うことを聞かない。辛うじて、一歩、また一歩、引き擦るように、足を前に運ぶだけだった。

 後ろからヘッドライトに照らされ、クラクションが鳴らされた。イチローは慌てて路肩に身を寄せた。白い車が疾走して行く。知らず知らずのうちに、ふらついて車道の真ん中に寄っていたようだった。真っ直ぐ進むこともできていない。悔しい。だけど、それは現実だった。

 直樹は、イチローがまだ歩けることを確認すると、また走り出した。いや、歩き出した、右足を引き擦りながら。

 ―――あいつも、限界だ。

そう思いながら、自分の限界が近いことを察していた。

 ―――ちくしょう……。

イチローは、天を仰ぐように身を反らしながら、また一歩、足を前に運んだ。


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