第5話 前略、道の上より-5

 気さくに話している二人の前で、しのぶも緊張していた。直樹という名前は緑ヶ丘学園の誰もが知っていて、憧れの存在だった。しのぶ自身、まだ直樹のプレーは見たことはなかったが、その噂は嫌というほど聞いていた。その遠い存在のように思えた直樹が、いま気さくに未来と話している。そのことにしのぶは、信じられない思いだった。

 直樹は、ふとしのぶの方を向いた。そして、にっこりと微笑んだ。

「やぁ、しのぶちゃんだったね」

「あ…、は、はい」

「こないだの試合、頑張ってたね」

「え、あ、あ…あたし、まだ、始めたばっかりで、全然ダメ、です」

「そんなことないよ。よく頑張ってたよ」

「あ、ありがとうございます」

「変なの。しのぶちゃん、ひどく緊張してる」

「だ、だってぇ」

「どうして?」

「どうしてって…、だって、直樹さんって、すごい人なんでしょ?」

「たいしたことないさ。由起子先生の方が大物さ。な」

「そういう比べ方したら、由起子先生に勝てる人なんて、そうそういる訳ないじゃない」

「まぁ、俺も、その程度ってことさ」

「そ、そうなんですか…」

「そうさ」

「そんなこと言って、女の子たらしてるんじゃないの?」

「バーカ。俺がそんなことするか」

「どーだか」

「どういう意味だよ」

「しのぶちゃんが可愛いから、ちょっかい出そうとしてるでしょ」

「まさか。どうせなら、あゆみにするさ」

「へぇ~?あゆみさんがタイプなの?」

「あいつをたらし込んで、男に変装させて、野球やらす」

「バーカ」

「ミキちゃんも、どう?たらし込まれない?」

「あたしは、ケッコウ!」

「おまえら二人が男なら、甲子園くらい簡単に行けるだろうにな」

「褒めてんの?」

「勿論。女にしとくのはもったいない」

「それは、褒めてない!」

「どうして?野球がうまくて、男並みだってこと」

「なによ、レディに向かって、失礼な」

「レディたって、ただのレディじゃねえだろ。ファントム・レディ、っていうとんでもないヤツじゃないか」

「そんな、人をバケモノみたいに」

「あれ、違うの?」

「バケモノは、直樹さんでしょ」

「俺は、怪物って呼ばれたことはあるけど、バケモノなんて言われたことはないよ」

「自慢してるの?」

「まさか。謙遜してるの」

「どこが」

 楽しそうな二人に注目が集まっていた。しかし、そんな注目をも気にせず、二人は笑い合っていた。

「あ、そうだ、ちょっと、聞いて欲しいことがあるの」

「なんだ?」

未来の問い掛けに直樹は好奇心をもたげて身を乗り出した。

「あのね、イチロー君のことなんだけど、しのぶちゃんをいじめるの」

「なに?」

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