第43夜 ふたりの私 (約2600字)

変な夢を見た。


  私の目の前に、妙な扉が立っていた。

  それは、単なる一枚扉だったが、宙に浮かんでいる。


  気になったので、ドアノブを回し、扉を開けてみた。

  すると、当然と言えば当然、扉の後ろ側の風景が目の前に広がった。

  私は、そのまま、何か起こることを期待して扉をくぐり抜けた。

  

  ・・・特に、何も起きなかった。

  

  いったい、あの扉は何だったのだろうと、首をかしげつつ、家路についた。


 ・・・・


  私が、家で、テレビを見ている時だった。

  何者かが、玄関の鍵を開けている音が聞こえた。


  私は、テレビを消し、固唾かたずを飲んで・・・見守った。

  すると、扉が開き・・・。


  私が・・・間違いない・・・私が、家の中に入ってきたのだ。

  彼も、私のことに気づき、その動きを止めた。

  そして、私のことを見入っている。

 

  私は、近くにあったメモ用紙に手を伸ばし、一枚に【A】、もう一枚に【B】と

 書くと、自分の胸に【A】の紙、彼の胸に【B】の紙をセロテープで貼り付けた。


  私【A】は、私【B】に向かって、話しかけた。


 「キミ。座りたまえ。ゆっくり、話し合おう・・・。」

 

  私【A】と私【B】の対話が、こうして始まった。


 ・・・・


 私【B】「なるほど、なるほど。つまり、キミは、その不思議な扉をくぐり抜け

      て、この世界に来てしまったわけか・・・。」


 私【A】「ああ・・・。そうらしい。俺がいた世界とまったく変わらんから、キミ

      と会うまでは、まったく気づかなかった。きっと、俺がいた世界で   

      は、俺は神隠しにあったことにされてるんだろうなあ・・・。

      いや、待てよ・・・。

      その前に気づく人間もいないな・・・ハハッ・・・。」

  

 私【B】「おいおい、キミ。悲しいこと言うなよ。俺まで、悲しくなるだろ。

      だがな・・・。問題は、あれだよ。ドッペルゲンガー・・・。」


 私【A】「ああ、どうしたものか・・・。

      『ドッペルゲンガーを見たものは死ぬ』ってやつだよな。

      SFネタで定番のやつ。 

      つまり、俺たちのいずれかは、死ぬ運命にあるわけだ。」


 私【B】「俺は、キミが死ぬべきだと思うぜ。

      だって、勝手にこっちの世界に来たんだから・・・。」


 私【A】「さすがは・・・俺だな。見事な提案だ! だが、断る!

      俺だって、別の世界とはいえ、まだ、生きたいんだよ。」


 私【B】「ああ・・・。そうだな。すまない、俺の勝手だったよ。

      ところで、キミ・・・。俺はさっきから気になっていたんだが。

      なぜ、俺が【B】なんだ? 

      普通、この世界に住んでいる俺こそが【A】だと思うのだが・・・。」


 私【A】「さすがは・・・俺だな。こんな状況でも、そんな細かいことを気にする

      とは・・・。キミの気持ちを考えていなかったよ。

      だけど、気にするな。【A】と【B】は、単なる記号で、序列はない。

      見分けるためのものさ。」


 私【B】「ああ、そうなのか。てっきり、マウントをとられたのかと思ったよ。」


 私【A】「だいぶ気にしているなあ。交換してもいいんだぜ・・・俺は。」


 私【B】「いや、大丈夫だ。すまなかった。話を続けよう。

      俺、考えたんだが・・・。

      三本勝負で・・・死ぬほうを決めるっていうのはどうだろうか?」


 私【A】「三本勝負・・・? 悪くない提案だが、何で勝負するんだ?」


 私【B】「ジャンケンは・・・どうだろうか?」


 私【A】「ジャンケン・・・俺は、ジャンケンが弱いんだ。お断りだ。」


 私【B】「ならば、運要素の強いものにしよう・・・くじ引きは、どうだい?」


 私【A】「うーん。そうだな。実力が影響しないものであれば、なんでもいい。」

      

 私【B】「よしっ! 決まりだ。くじ引きだったら、大丈夫だろう。

      しかも、簡単に準備できる。」



  私【B】は、そう言うと、テーブルの上のメモを取り、くじ引きを作り始めた。



 私【B】「よしっ! 出来たぞっ! この箱の中に、『〇』がついた紙が入ってい

      る。そいつを引いたやつが、生き残る・・・これで、どうだい?」


 私【A】「うーん。そいつは、キミが作ったやつだからな。

      キミが、有利になるようになっていないだろうな?」

  

 私【B】「さすがは・・・俺だな・・・疑り深いやつだ・・・。

      だったら、キミが、先に引けばいい。俺は・・・残ったやつでいい。

      それで・・・いいだろ?」

 

 私【A】「わかったよ。それッ!」


 私【B】「それじゃ、俺は、残ったやつと・・・。」



  私【A】と私【B】は、引いたくじを広げて確認する。



 私【A】「悪いな・・・キミ。俺が、生き残る運命にあったようだ・・・。」


 私【B】「ああ・・・残念だよ、キミ。

      俺・・・生き残る運命にあったようだ。」


 

  私【A】と私【B】は、引いたくじを見せ合う。

  なんと、両方のくじに『○』がついているではないか・・・。



 私【A】「どういうことだ。キミ。『〇』が二つあるとは・・・。

      俺をバカにしているのか?」


 私【B】「バカになんかしていないさ。

      ただ・・・このくじを作っているときに、ふと思ったのさ。

      俺たちは、本当に・・・片方が死ななきゃいけないのかって。

      だってよ、『ドッペルゲンガーを見たものは死ぬ』とか言われている

      が、本当に死んでいるのかどうか、わからないじゃないか?

      俺は、少なくとも、そんなニュース見たことないぜ・・・。」


 私【A】「さすがは・・・俺だな。考えることが、実にナイスだ。冷静だ。

      確かにそうだ。『ドッペルゲンガーを見たものは死ぬ』は、固定観念か

      もしれん。もしかしたら、共存できるかもしれない。」


 私【B】「そうそう・・・。

      そうだ! 俺たちは、今日から双子だ!

      どちらがで、どちらがかを、協議しなくてはならんが・・・。」


 私【A】「ああ、それだったら、俺は、弟でいいよ。兄さん!」


 私【B】「ああ、我が弟!」


  私【A】と私【B】は、固い握手をした。

  こうして、ふたりは、共にこの世界で生きていくことを誓いあった。

 

  そして、ふたりは、布団を並べ、眠りについた・・・。


 ・・・・


  夜も更けた頃、私の部屋の玄関の扉が、ゆっくりと開いた。

  何者かが、入ってきて、部屋の電気をつける。


  彼は、自分の目に入ったものを見て、度肝を抜かれたらしい。

  しばらく、呆然と立ち尽くしていた・・・。


  その視線の先には、ふたりの私が、仲良く布団を並べて寝ている。


  彼は、あたりを見回し、長い紐を見つけると、それを手にした。

  そして、ふたりの私の元へ、ゆっくりと近づいていく。


 「たしか、ドッペルゲンガーを見たやつは、死ぬんだったよな・・・。

  このふたりには、申し訳ないが・・・俺は・・・まだ、死にたくない。」


  ふたりの枕元で、の私が、つぶやいた。


そこで目が覚めた。

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