第36夜 THE EAR (約1700字)

変な夢を見た。


  私は、大学からの帰宅途中のようだった。

  うなだれながら、帰る一人の若い女性。

  私の意識は、どうやら、彼女の精神の中にあり、傍観する立場のようだ。


 ・・・・


  彼女の名前は、音亞離おとあり 響子きょうこ


  今日は、彼女にとって、バッドデーだった。

  お気に入りだったワイヤレスイヤホンの片側を失くしてしまったのだ。

  落としたであろう場所を、手あたり次第、探して回ってみた。

  だが、結局、見つからなかった。

 

  響子は、思わず、口に出してしまう。

 「あーあ・・・ついてない。高かったのになあ・・・どうしよう?」 


  そんな時、響子は、地面になにか、落ちていることに気づいた。

  真っ赤な・・・小さい何かだ。

  よく見てみると、それは、真っ赤なワイヤレスイヤホンだった。

  不思議なことに、左右のイヤホンが、丁寧に並べられたかのように落ちている。


  響子は、あたりを見回した。・・・誰もいない。

  響子は、今、葛藤していた。ものすごく・・・葛藤していた。


 (天使の響子)「ダメだよ。響子ちゃん。あなた・・・いい子ちゃんでしょ!

         そのままにしておきなさい。取っちゃだめよ。」


 (悪魔の響子)「これは、神様からの贈り物だよ。うん、間違いない。

         今日、イヤホン落とす運命にしちゃって『ゴメン』って、

         きっと、神様が謝ってくれたんだよ!」


  ・・・悪魔の響子の勝ち。

  そう、これは、神様からの贈り物。


  響子は、さっと、ワイヤレスイヤホンを取り上げると、急いで、バッグの中に放

 り込む。そして、何事もなかったかのように、その場を立ち去った。


 ・・・・


  家に着き、しばらくたってから、響子は、さっそく、ワイヤレスイヤホンが使え

 るかどうか、確かめることにした。拾ったはいいものの、使えなかったら、意味が

 ない。


  まずは、スイッチを入れてみる。

  両耳のイヤホンの電源LEDは、グリーンに点灯した。

  うん・・・電源は、問題なし。


  次に、ペアリングできるかどうかだ。

  イヤホンの電源ボタンを長押ししてみる。LEDが、点滅し始める。

  スマートフォンを取り出し、設定画面でペアリングを始める。

  うん・・・認識してる。問題なし。

  

  デバイス名『THE EAR』・・・変わった名前・・・。

  ペアリングを実行する・・・ペアリング完了!


  イヤホンを耳に装着すると、びっくりするくらい、着け心地がよい。まるで、何

 もつけていないかのようだ。そして、簡単に抜けそうもない。

  

  スマートフォンで、曲を再生してみる。

  これもまた、びっくりしてしまった。今まで使っていたイヤホンよりも、音の解

 像性、低音の再現性が、はるかに良かった。

  これは・・・いい拾い物だ。(悪魔の響子「ウッシッシ! やったね!」)


 ・・・・


  あれから、一か月がたった。

  響子は、あらためて、このイヤホンの本当のすごさに気づいた。

  どうなっているのか、充電不要なのだ。

  あれから、一度も充電したことがない。

  響子は、毎日一日四時間くらい使っているのに・・・。

  単体使用で・・・これって、ありえない・・・。

  

  だが、気になることが一つあった。

  音楽を聴いていると、かすかに「・・・して」と、女の声が聞こえてくるような

 気がするのだ。最初のころは、そんなことは、なかったような気がした。

  とはいえ、一日に一回くらいの頻度であり、それほど、気になるレベルではない

 ので、気にしないことにした。


  あれから、三か月がたった。 

  いまだ、イヤホンの充電はしていない・・・スゴイ!

  だが、あの声が、かすかであるが、こう言っているのが、わかるようになった。

 

 「かえして・・・」

 

  響子は、最近、悩むようになった。このイヤホンを使い続けるか、やめるかを。

  だが、なかなか、やめられずにいる。

  それだけ、このイヤホンは、お気に入りなのだ。


  そして・・・。


  あれは、夜中、自分の部屋で、あのイヤホンで音楽を聴いていた時に起きた。


  今までは、かすかだった声が、はっきりした声に変わった。

  イヤホンが・・・声を発したのだ!


 「かえして! わたしの・・・!」

  

  響子は、ガラスに映った自分の姿を見て、驚いた。

  わたししか、いないはずの部屋の中に・・・誰かいる。

  しかも、わたしのうしろに・・・おんな?


  その時、両耳を・・・強く引っ張られるような感覚が走った・・・。


  ビリッ、ビリッ! 


そこで目が覚めた。

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