第34夜 ポップコーン (約1550字)

変な夢を見た。


  劇作家『空駄くうだ みだれ』が、「今晩、私のもとに伺いたい」と連絡してきた。

  乱君に会うのは、久しぶりだった。

  彼は劇作家、私は小説家。畑は違うが、同じ文芸の道を歩むものとして、互いに

 切磋琢磨してきた盟友だ。

  ある程度、二人とも名が売れ始めたが、最近、乱君の活躍を聞いていない。

  そんな中での再会だった・・・。


  彼は、夜遅くにやってきた。

  私の大好物のまんじゅうを土産に持ってきてくれた。 

  こういう気づかいは、変わっていない。

  彼の顔は、若干、やつれていたものの、元気そうに見えた。

  しばらく、談笑してから、彼は、本題に入った。


 ・・・・

  

  なあ、きみ・・・。ぼくは、最近、まったく、書けなくなってしまった。

  創作の泉が・・・枯れ果ててしまったような気がする・・・。

  そこでさ・・・。

  恥ずかしながら・・・。


 (乱君は、あたまをうなだれる。そして、顔を真っ赤にし、拝みながら言う。) 


  スマンッ! 知恵を貸してくれないか? 何でもいいから、ぼくにアイディアを

 提供してほしいんだ。ぼくは、ついに、ここまでしなければならないほど、落ちぶ

 れちまった・・・。我ながら・・・情けない。


 (乱君は、自分の右側頭部を、強く、はたいた。)

  

  お願いだ! この通りだ。どうしても、作品を書きたいんだ!


 (私は、困ってしまった。

  乱君の必死の願いにこたえたいが、アイディアは、簡単に人に与えられるものでは

  ない。アイディアは、物事をいかに発展させていくかの個人的な考え方だ。

  もし、私のアイディアを提供したとしても、乱君の解釈により、別のものになる

  ことだろう。それがいいものになるかどうかは、結局、乱君自身の問題なのだ。

  私は、そのことを乱君に伝え、「力になれなくて・・・すまない」と答えた。)


  こちらこそ、無理を言って、すまなかった。

  ああ、きみの言うとおりだ。ぼくは、どうかしちまったんだ。

  だめだな・・・まったく。

  落ちるところまで、落ちてしまうと・・・。

  自分のことしか、考えられなくなるようだ・・・。

 

 (乱君は、そう言うと、ため息をついた。彼の目が、光ったような気がした。)


  ああ、そうだ。せっかく、まんじゅうを持ってきたんだ。食べてくれ。

  きみの大好物だろう。

  

 (乱君が、まんじゅうの箱を開け、私のほうに差し出す。

  そう、私は、このまんじゅうが大好物なのだ。

 「遠慮なく、いただくよ・・・。」私は、まんじゅうをほおばり始めた。

  乱君が、そんな私の様子をじっと見ている。口もとに笑みを浮かべている。)


  きみ、うまそうに食ってくれて、ぼくはうれしいよ。

  買ってきた甲斐が、あったというものだ。

  本当に・・・うれしいよ。そいつを食ってくれて・・・。


 (乱君の顔つきが変わった。鬼のような形相になった。

  そして、私にも異変が起きている・・・。

  後頭部に違和感を感じるのだ。内側から外側に膨らんでいくよう感じがする。)


  ふふっ・・・。

  アイディアは、抽象的なものだが、そいつを物体化させる薬を手に入れたんだ。

  ああ、信じられないよな。ぼくも信じられなかった。

  その薬は、あいつ・・・きみもご存知の九蘇くそ 八郎はちろうが作ったんだよ。

 

  あいつ、うまくいくかどうか、試したがっていてね・・・。

  渡りに船ってやつさ、ぼくが代わりに、このまんじゅうに仕込んで、きみに食べ

 させた。あいつには、いい報告が出来そうだよ・・・。


  悪いね・・・ぼくは、本当に落ちるところまで、落ちたんだよ。


 (私は、後頭部に触れてみた。どんどん、膨れていく。もう、破裂しそうだっ!

  その時、『ボンッ!』とすごい音とともに、私の後頭部は破裂した。)


  きみは、ものすごい量のアイディアを持っていたんだな。

  まるで、血にまみれたポップコーンのようだぜ。

  さっそく、いただくよ・・・。


 (乱君は、一心不乱に私のアイディアのポップコーンを口にし始めた。

  このままでは、私のアイディアが、食いつくされてしまう。

  私は、起き上がり、自分のまわりのポップコーンをかき集め、口に運ぶ。)


  ああ、きみ!

  なにをやってるんだ! それは・・・ぼくのものだぞ!

  こらっ! 食うな! きみのアイディアは・・・ぼくのものだぞ!


そこで目が覚めた。

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