第27夜 平凡 (約1650字)

変な夢を見た。


  私は、酩酊めいてい状態だった。

  だれともなく、語り始める。


 「私は、平凡な人生がいい・・・。波風立てることなく、人生を終えたい。

  今日も、いっぱい、私を平凡な道から外させる出来事がありました・・・。」


  私の目から、突然、光が発せられると、プロジェクターのように壁に映像が、

 映し出される。


 「例えば、これです。見てください。」 


 ・・・・

  

  それは、電車の中だった。満員電車の中。身動きも取れない。

  そんな中、私の前に、とても魅惑的な女性が立っている。

  私に、もやもやとした欲望が宿る。

  ああ・・・触りたい、ああ・・・触りたい・・・。

  変態だな・・・俺は・・・と思っていると、その女性が、こちらをチラチラと見

 始める。いかん・・・心の中を読み取られたかしらん?

  そう思った瞬間、なんらかの殺気を感じ、少し、自分の体を女性から離した。


 「この人ッ! 痴漢ですっ!」


  彼女の手は、私の隣の男の手をしっかりと握っていた。

  危なかった・・・。

  あの時、身を離さなかったら・・・私は、痴漢扱いされていたに違いない。

 

 ・・・・

   

  いったん、映像が止まる。私は、ビールを一口飲み、口を開く。

 

 「いやあ、危ないところでした。もし、あのまま、手をつかまれていたら・・・。

  きっと、『痴漢と間違えられたので、必死に事情をよく話したら、ボクの彼女に

  なってました!』とか、そんなタイトルのラブコメが始まっていたでしょう。」


 「まだ、ありますよ。次は・・・これです。」


 ・・・・

  

  歩道を歩く私の姿。

  工事現場の前を歩いていると、突然、『あぶない!』の声がした。

  見上げると、なるほど、鉄骨が落ちてくる。

  私は、さっと脇によけ、鉄骨を回避した。

  だが、残念なことにわたしのすぐ後ろを歩いていた男は、それに巻き込まれた。

  私は、何事もなかったかのように、そのまま、その場を立ち去った。


 ・・・・

 

  ここで、映像が止まる。私は、ビールを一口飲み、口を開く。


 「いやあ、危ないところでした。あの時、よけるのが遅かったら、鉄骨に巻き込ま

  れ、私は、異世界に転生していたことでしょう。

  きっと、『さえない社畜が鉄骨に巻き込まれてご臨終した結果、異世界で最凶

  勇者に生まれ変わったので、のんびり生活始めました!』とか、そんなタイトル

  の異世界転生ものが始まっていたでしょう。

  まあ、代わりに、あの気の毒な男が、勇者役をしてくれていると思いますが。」


 「えーと・・・最後にこれです。」


 ・・・・


  会社から自宅に帰る途中、コンビニに寄って、弁当とビール数本を買う。

  店を出ると、女子高生くらいの可愛い少女が私に声をかけてくる。


 「ねえ、おねがい。一日でいいから、あなたのウチに泊めてッ!」


 「悪いね。君・・・お断りだ・・・。」


  私は、冷たく言い放つと、そのまま、スタスタと家路につく。

  少女は、きっと、台本とは異なる展開に驚いたのだろう、呆然とした顔つきで、

 私のことを見送っている・・・。


 ・・・・

 

  壁に映し出されていた映像が、消えた。私は、ビールを一口飲み、口を開く。


 「いやあ、危ないところでした。あの時、あの少女の誘いに乗っていたら、きっ

  と、『帰宅途中にJKを拾った結果、いつの間にか、JK多頭飼いになってて、

  俺、幸せ超絶倫生活満喫中です!』とか、そんなタイトルのR指定のエロコメが

 始まっていたでしょう。あの子には、ちょっと、気の毒なことをしたと思います。

  でも、平凡のためなら、しかたありません。」


  私は、残ったビールをすべて、飲み切ると、風呂に入る準備を始めた。


  思ったよりも酔っぱらってしまったらしい・・・。

  そう思いながら、湯船につかる。体が温まり、さらにアルコールが回る。

  

  だんだん、私は眠くなってきた。

  こっくり・・・こっくり・・・。

  やがて、私の頭は、湯船の中に消え・・・。


そこで目が覚めた。


私は、ひとりつぶやく。


「きっと、『平凡生活所望だったのに、異世界転生しちゃってて、気づいたら魔王だったから、こっそり勇者たちから隠れて、平凡生活送ることを決意したのに、勇者たちが、あまりにしつこいので、激おこで、世界を滅ぼすことにしました!』とか、そんなタイトルの話が始まってるんだろうな・・・。」

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